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平手打ち

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 ばちん! 高い天井はよく音が響く。室内に残響する音に、一番に驚いているのは、平手を食らった本田でも、その背に庇われたメイドでもなく、平手を打ったアーサーその人であった。手を、わなわなと震わせて、彼は困惑をあらわにする。
「なぜ庇った、本田!」
 今にも二発目が飛んできそうな状況で、本田はじっと相手を見つめた。動じない黒い瞳はしんしんと深く、うろたえるのは青い瞳ばかりである。膠着したにらみ合いから、まず本田が視線を外した。何か言いたげなアーサーを横目に、背後でまだ怯えていたメイドに退室を促す。ぱたぱたと足音を立てて出て行った姿は、まだほんの少女である。そしてただ一滴、本田の着物の袖に紅茶を跳ねさせただけ。殴られる謂れなど、何もない。
 実のところ、本田は怒っていた。メイドを庇って殴られたことに対してではない。些細な粗相に手をあげようとした、アーサーに対してだ。或いは、そんな風な彼を容認しているこの国に対してだ。
「国家たる俺よりも、一介のメイドの方が大事か」
 閉じた扉を見つめる本田に、アーサーはどこか寂しげな風だった。その弱気を感じ取って、本田は真の怒りの矛先は正しくこの国にあると感じた。それは国家の体現であるこの男の事ではない。この国家のあり方だ。この男は、国家であるが故にその風潮の影響をつとに受ける。
 同じ国家という存在ながら、各国家での対応は違う。庶民と同列に隠居のように生活する本田のような存在もいれば、アーサーのように上流貴族として扱われているものもいる。階級を当たり前として、貴族の誇りを持ち平民を見下す。それは英国では当然の風景なのかもしれない。こたつでぬくぬくとして落ち葉を拾った庭で餅つきをするような、招かれた英国の宮殿を場違いだと感じる本田には一生分かりそうもない感情だ。同様に、この男にも分からないのだろう。今本田が真に庇ったのは、メイドではなくアーサーなのだということは。理解は出来ないと分かってはいても、本田はどうにかせずにはいられなかった。悪いのはこの男ではない。先ほどの若いメイドのように、悪意の無い者に、罪など無いのだ。
「あなたにとって国とは何ですか、アーサーさん」
 怒りを抑えた声で、しかし一抹の哀しみは隠し切れないままに、本田は言った。アーサーは何と答えたものか、言いよどむ。その無垢さを、傷付けるだろうと知りながら、言葉を続けた。
「私にとって国とは、人です。国とは、人の思いです。民に手を上げるあなたを私は国とは呼べません」
 言い終えるまでにも後悔を感じながら、しかし本田は言わずには居れなかった。彼は知るべきである。こんなに煌びやかで美しい国が、人を人とも思わぬものであってはいけない。
 先程の平手が今になって頬に染みて来た。きっと赤く腫れているだろう。怒らせるような事を言った、もう一発ぐらい殴られても仕方が無い、と本田はアーサーを見やる。しかりて彼は怒ってはいなかった。むしろ泣きそうな、うろたえた表情で立っていて、まるで叱られた子供が涙を堪えている様で、思わず本田は相好を崩した。狼狽する青い瞳が、微笑を浮かべた黒い瞳とぶつかった。碧眼が白い頬の腫れに気付き、そっと近寄る。手袋を外した手が、赤い頬を包んだ。冷たさが痛みを打ち消していく。本田はその手の上に自分の手を重ねた。
「すまなかった」
 謝る声に、本当に気持ちが伝わったとは思わない。しかしこの男は、この国は、本当は優しいものなのだ。それが愛しくて愛しくて、泣きそうな瞳に口付けを、した。
作品名:平手打ち 作家名:m/枕木