舌打ち日和
チッ。
笠松が舌打ちしたのは無意識だった。けれど、不意に起こった目の前の状況では仕方のないことだと言い聞かせる。
練習が珍しく午前中だけで、空いた昼過ぎから繁華街のスポーツショップまで足を伸ばしていた。
一人で訪れるつもりが、気づけば後輩兼恋人である黄瀬がついて来ると言い出し、なおかつ、笠松自身もそれを振り払えなかった。なんだかんだ、自分に懐いていることに安堵していた。
それが一時間前のこと。それが、今はどうだ。
「黒子っちじゃないっスか!」
横を歩いていたはずの黄瀬が、中学時代の友人を見つけて飛びついていた。黄瀬に比べれば小柄な少年は、うるさいや邪魔だと口にしながらも、積極的に振り払おうとしない。黒子も、黄瀬のスキンシップが嫌ではないのだろう。
面倒くさいことになったとため息をひとつ。今度は黒子のそばにいた火神と会話し始める黄瀬に近づく。
「いつまでやってんだよ」
「痛いっス!」
わき腹に一発、蹴りを食らわせる。
「騒がせて悪いな。後でもう一度シバいとくから」
黒子と火神に向いて言うと、戸惑った様子で言葉を返してきた。
「いえ、大丈夫です」
「つか、黄瀬の方が大丈夫か…です」
「あ? んなヤワじゃねーだろ」
横でギャンギャン騒ぐ黄瀬に、笠松はうるせぇと肩パンを食らわせる。
「おら、置いてくぞ」
喋り足りない様子の黄瀬に言い放ち、笠松は歩き出した。文句を言いながら黒子と火神に謝る黄瀬が、置いて行かないでくださいと追いかけてくるのを、いつもよりゆっくり歩いて待つことにする。