視界の内側に
「大丈夫ですか」
心配そうに伺うリダにああ、と言葉を返す。
事の発端は、些細なユージンからの一言だった。
「なぜ貴女と会話をする必要が?」
ベロニカはいつものようにユージンに話しかけただけであった。人と親しくなる手段として、日常の会話を大切にするベロニカの思考をユージンには理解できないのか、そもそも親しくなるつもりがないのかは判断のしようがない。
「本国へ戻れば、国の希望となろう。その希望が、言葉も交わさぬ間柄とは民の希望を損ねかねん。だから……」
「国にとっての取引材料だ。実情などどうでも良い」
「それでも、夫婦となるのだろう。だとすれば、私は夫婦としての務めを果たす。それが私の役割だ」
チッ、と舌打ちが聞こえた。それと等しいタイミングでモースヴィーグの騎士が話しかけ、王子はそのまま自室へ戻ってしまった。
崩れることのない、不機嫌さをあらわにした端整な顔立ちを思い出して深く息を吐く。
「無理に、ユージン王子と関わらないようにしない方がよろしいのでは?」
一部始終を見ていたせいか、リダは必要以上に心配してくる。これは、自分を想ってくれているからこそだとわかっているからこそ、目の前の少女が愛しく思えて微笑み返す。
「大丈夫だ、気にするな」
でも、とリダは一度口にしたが、それ以上食い下がることはしなかった。
「王子のとって、私は目障りだろうが、それでいい。王子の眼中にあるなら夫婦としての存在意義はあるだろう」
夫婦という役割を務めるという矜持。けれど、ベロニカが自覚する感情はそれ以上に胸の奥でどろりとした、汚い汚いものだった。
あの冷徹な男の視界に一個人として映るという事実に、ほの暗い愉悦が湧き上がり始めていた。