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コントラスト・コンプレックス

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一度だけ、たった一度だけだけど、好きだと言った事がある。
多分最初で最後の皮肉。

世界で一番大好きで、世界で一番大嫌い。




大空を仰いで両手を広げて、まるで空を飛ぶような気分で、くるり くるり。
不器用なステップを踏む。
足元には、晴れやかなこころを取り出したような桃色の花が、じゅうたんのように敷き詰められていた。

「まるで楽園みたい。ここに住んでしまいたいね。」
「まるで地獄みたい。すぐに違う場所に行きたいな。」

幸せなわたしと不幸せなあなた。わざとらしく微笑んでみせて、まるできれいなものなんて存在しないような言い方で、目の前のすべてを否定してくれる。かわいそうなわたしとかわいそうなあなた。本当に幸福なのはどっちなのかなんて分かるはずもないけれど。

「だってこんなに広々として自由な場所、多分どこにもないと思うの。素敵でしょう?」
「だってこんなに広々として何も無い場所、多分どこにもないと思うぜ。」

空の広さが好き、すべてを抱擁するような青さが好き。
空の広さが嫌い、すべてを吸い込んでしまうような不快深い青が嫌い。
まるで白と黒。わたしが一言言葉を発すれば発する度に、そこにもう一つ口があるかのように反対の言葉が放たれる。そんな追いかけっこが楽しくて、つい苛めているように正反対の感情を持ってしまいたくなる。

だから、最後に言ってあげようと思った。反対の言葉が投げつけられるだろうと、思って。

「大好きだよ、ゼロス」

しばらくの静寂のあと、帰ってきた言葉は想像していたものとは違う、深い響きを持った「俺もだよ」という短い一言だった。面白くなくてそのまま黙り込んで絹のような髪をとすべるような肌を手繰り寄せれば視界が透き通るような真っ赤な色に染まった。桃色の花に似た、くすぐったいようなはなやかないい香りがした。
ああ多分、これが幸せなのかもしれないと思った。思った刹那に既に酔っていた。柔らかなくちびると心地よい芳香が思考を奪って、頭の中全部空っぽにして全身をかけめぐる、電気のような感触。
総毛立つ快感が心地よいようでいてだけどどこか吐き気がして、そのまま夢から醒める。

目を開けば、そこには見たこともないくらい悲しい顔をした男がいた。

好きなの、と呟けばそう、とそっけない返事だけが返ってきて、そうして彼は静かに目を閉じる。
もう開くこともないんじゃないかと思うくらい安らかな顔で、そして響きの無い言葉を確かにささやいた。

「    」



最初で最後の言葉。

あれからいくつか年が過ぎて、気が付いた時には、わたしは楽園に一人ぼっちになっていた。
あの時の彼の香りなら今でも覚えている。
それなのに今は何も楽しくない。しあわせの形を知らない。空の青さが、ふと恐ろしく思えてくる。
そうしてようやく、彼が言った地獄の意味がわかった気がした。
どんな場所でも、彼がいないと何もなりたたないのだと。

知ったときには、既に彼は死んでいた。