手紙
拝啓、エドワード様。
改めて手紙を書くのは照れますが、多分貴方を前にすると何も言えなくなりそうだから手紙にします。
僕らが初めて会ったのはオーベルト先生の研究室でしたね。
身一つで突然研究室に押し掛けてきた貴方を見たときは、なんて押しの強い天使が来たんだろうと正直思いました。あ、天使と言ったことを貴方は怒るかもしれませんね。別に容姿のことじゃなくて、いや容姿もそうなんですけど、貴方は僕にとっていわゆる天啓の天使だった。
最初の頃から貴方は破天荒で、遠慮なくオーベルト先生の理論にけちを付けたり、突拍子もないアイデアを出してみたりと、毎度ハラハラとワクワクを同時に味あわせられました。
オーベルト先生もそんな貴方を気に入って、よく遅くまで3人で宇宙の話をしたの覚えています。楽しかったな。
でも、いつ頃からか貴方は沈みがちになって、とうとう先生の家から姿を消した。僕にも先生にも何も言わずに消えた貴方を、当時は結構怒っていたんですよ。沈んだままいなくなった貴方をすごく心配して、履歴書にあったロンドンの住所まで訪ねていったこともあったのに、行ってみたらそこはもぬけの空で、やっぱり貴方は天使だったんじゃないかと思いもしました。まあ、その話をオーベルト先生にしたら、非科学的だとえらく怒られたんですけど。
あ、本当はロンドンまで行ったのは内緒だったんです。なんだか未練がましくて恥ずかしくて。
でも、もういいですよね。
それから数ヶ月、僕がどれだけ貴方のことを考えて、失踪なんてする前に何かしてあげられたんじゃないかとか、そんなことばかり悩んでたのに、貴方は突然現れて「悪い、アルフォンス、しばらく部屋においてくれ」なんてあっけらかんと言うんですから。あのとき僕が一番に叩いたのも当然でしょう。
あれから貴方は少しずつ自分のことを話してくれるようになりましたね。
もといた世界のこと、錬金術のこと、お母さんのこと、優しい軍人さんたちのこと。
そして、弟さんのこと。
それはにわかには信じられないような話で、正直今も心の底からは納得出来てはいないんですけど。
それでも寂しさを素直に見せてくれる貴方に、僕はどこかほっとしたんです。貴方がこの世界の僕を見て、僕に寂しさを預けてくれてることに。
思えば寂しい日々でした。
帰れない焦燥を笑って押し隠す貴方と、いつか置いていく、置いて行かれる不安から目を背けて笑う僕と。
寂しさを紛らわすように貴方と過ごした日常は、それでも僕にとって間違いなく幸福だった。貴方にはっきりと言ったことはありませんでしたね、僕はそれほど長くは生きられない。そしてそれでもいいと何処かで思っていた。
短い人生なら出来る限りの理想を食らって、後は露や霞と消えてもいいと。
それも幸福のひとつだろうと。
結局僕は何も知らなかったんだ。幸福って何か、生きるって何か。
貴方と暮らして初めて知った。朝起きて誰かが食卓で待っててくれる安心も、寒い夜に冷たい足を暖め合うくすぐったさも。
いつも、このまま死ぬのかもしれないと、何処か諦めた気持ちで横になっていた病気のときも、貴方が隣で心配そうにしているだけで、早く元気にならなきゃって強くなれた。幸せだった。
貴方が僕にくれたものは本当に山程あって、それは貴方以外には誰からも貰えなかったもので、貴方は僕の世界の唯一だったよ。本当だよ、エドワードさん。
だけど、その沢山の幸福は僕を歪めもした。僕は欲張りになった。
貴方がいてくれるだけで幸せだったのに、結局貴方がこの世界で本当には生きていないんだと思うと、無性に悲しくなった。
失うことは怖いですね。
貴方にとって僕がただ夢でしかないとわかったとき、ひどく怖いと思いました。
僕は夢で、僕の幸福も夢で、その死すら夢で。僕には精一杯の生でも、貴方には夢の出来事なら、貴方に想いを注いだ僕の生きた意味ってなんですか?僕の生きた証って何ですか?
子供みたいでしょう。手紙で良かった。
こんなこと貴方に面と向かって言えるはずないですから。貴方が寂しさを抱えているのを知っているのに。
エドワードさん、僕は思うんです。誰も本当には一人で生きられはしないんだと。
いつか死ぬんだとか消えるんだとか、諦めて心を殺して、不幸でも幸福でもなく、そんな風に何も感じずに生きていければ楽だけど、こんな時代に本当に楽だけど、それは誰にもできないことなんじゃないですか?
この世界で呼吸をして、何かを口にして、誰かと話して、それで一人になんてなれないんです。
僕が寂しさを知って死ぬように、貴方が夢だと思ってもこの世界は存在している、回ってる。
だからどうか貴方も生きて下さい。
そして出来るなら僕を忘れないで。夢を見るなら僕を見て。
人の死なんて、生なんて、誰かが夢を見なければ、ただの消費にほかならない。
夢を見るなら僕の夢をみてください。生きた証になって下さい。
僕が唯一、世界で唯一寂しさを刻んだ人。
こんな勝手な置き手紙を遺して、貴方は怒るかな。結局僕は貴方に一度も本気で怒られたことがないので、それを想像すると今からちょっと楽しみです。
それではエドワードさん、会えて良かったです。
アルフォンス・ハイデリヒ