恋愛矛盾のお題 雄弁な沈黙者
「――――ああ、イライラするなぁ」
事務所の椅子に深く座り、背もたれに背中を押しつけるとギシリと音が鳴る。
「………カルシウムが足りてないんじゃない?」
「聞いてたの?」
机に頬杖をついて、向かいのテーブルに座っている彼女に視線を向ける。
「そんなでかい独り言、独り言って言わないわよ」
そう言いながらテキパキと手元の仕事をこなしている。
最近、俺の所でバイトをし始めた彼女、矢霧 波江は意外と突っ込み気質らしい。
普通の男なら、そうだなぁー彼女はとても有能だし、見た目も申し分ない。
そんな女性と同じ空間にいるならば少しぐらいときめきそうなモノだけど……
彼女唯一の欠点を上げるとするならば、極端に弟を溺愛している事だろう。
もちろんブラコンなんて領域じゃない。
1人の男として愛しているんだ。
『愛』
なんて良い言葉だろう。
例えどんなに歪んだ想いでもソレはソレ。
俺だって人間が好きだし愛している。
だから、歪んでようが何だろうが構わない。
彼女の行動理念は『弟』に置かれていて、実に興味深いし…ね。
「……人の顔見ながらニタニタするの、止めてくれない?」
「そんなことしてるかな?」
「してるわよ。自覚がない人って本当にタチが悪いわよね」
「そんな事はないんだけどね」
「ま、多少雇い主が可笑しいぐらい構わないけど」
「可笑しいって……あのね……」
「それじゃ、終わったから私帰るわ」
これ以上話を続ける気が無いのか、彼女は早々に話を切り上げると鞄を持って部屋から出て行ってしまった。
「酷いなぁ……」
そう呟いて、パソコンを立ち上げチャットルームに入る。
今日はチャットルームにも人がいない。
1人は仕事を頼んでいるせいもあるが……
「それにしても、そんなにニタニタしてたかな?」
くるりと椅子を反転させると、窓ガラスに自分の顔を映す。
いつもと変わらない顔。
ニタニタなんてしてないとは思うが―――――?
寧ろイライラはしていた。
何に?と言われると、少し答えに困る。
「静ちゃんが鈍いから?」
そう呟いてから軽く首を傾げる。
いや、静ちゃんが鋭かったらソレはソレでつまらないなぁ。
気付いて欲しいわけでもなく、気付かせたいわけでもない。
矛盾しているが、俺の静ちゃんへの『愛』は相当歪んでいる。
誰のモノにもしたくはないが、自分のモノにしたいかと言われると、命が幾つあっても足りなさそうだし。
「大体からして、静ちゃんが大人しく押し倒されるわけないしなぁ」
寧ろ、薬を盛ってどうこうしないと無理っぽいよな……
ロープで縛っても、手錠で拘束しても自力でどうにかしちゃいそうだし。
そうなったら血みどろだよねー
「でも薬はなーあの反応がたまらないのに」
そりゃ眠ってる静ちゃんも可愛いだろうけど、起きて悪態付いている静ちゃんの方が生命力迸っていて楽しいし。
だけどそれで自分の身が危なくなるのはイヤだなぁ
「単純な静ちゃんを罠にはめるのは簡単なんだけどねー」
クルクルと椅子を回しながら、考える―――――
どうすれば、事に及べるか?
いや、そもそも事に及びたいのか?
事に及ぶとしたら、そこから先は?
色々な疑問が俺の頭の中に浮かんでくる。
「あ・でも、俺の精液まみれになる静ちゃんは良いかも……」
ソレはそそるな。
うん、凄くそそる。
出来るかどうか、が問題であって想像する分にはタダだし。
「そう言えば、あのバーテン服……弟からの贈り物なんだっけ……」
今度こそ辞めない様にって大量にくれたらしいけど……あーそうか
それならコッソリ俺が買ったヤツをその中に混ぜておけば気が付かないか?
ついでに隠しカメラとか、盗聴器とか仕掛けても良いかもしれない。
「楽しそうだなぁー」
クルクル
クルクル
椅子を回して、子供の様にはしゃぐ。
「あーそうと決まったら、池袋に行かなくちゃ」
きっと今日もあの池袋で誰かを投げ飛ばしているか、蹴り飛ばしているか、それとも――――
「シーズちゃん!久しぶりだねぇ」
一瞬にして歪んだ顔
その瞳に俺が映し出される。
ああ、なんて楽しいんだろう!!
今この瞬間は俺だけを見て、俺だけを考えている。
俺を、殺す事だけを!
「イーザーヤー!!テメェは池袋に来るなって言ってんだろうがぁぁぁぁぁっっっ!!!」
怒号と共に自販機が投げつけられる。
それらを避けつつ、心からわき上がる歓喜を押さえる事が出来ない。
ああ、楽しい!
楽しいよ!!
心の底から君を愛しているよ――――!!
「ねぇ、静ちゃん?」
END
お題お借りしてます◎
COUNT TEN.
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作品名:恋愛矛盾のお題 雄弁な沈黙者 作家名:ペコ@宮高布教中