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セブンティースリー

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(空はいつまで永遠ですか)(夢はいつまで続きますか)

空を飛びたいと男は言った。そうかと答えたら心底つまらなそうに男は溜息を漏らした。そうして、軽々しく錆びたフェンスに足をかけ、総てを見下ろすようにわらった。(気味が悪いにも程がある。)

「どうしたら空を飛べるだろうかと考えてみたのですが。ヘリウムガスで風船を膨らまして、その風船をいっぱい体にくくりつけたら出来るかなって思った。けどそれは飛行じゃなくて浮遊だから駄目だと思った。翼があれば飛行出来ると思ったけど、人間に翼が生えたら胸の筋肉相当ねーと無理だって気付いた。だからやっぱり人間は空を飛べないんだって、理解した。悔しいなぁ」
「俺は、そんなくだらないことに時間を費やせるお前の脳ミソは馬鹿なんだと改めて理解した」
「寝て飯食って寝て飯食って寝て飯食ってのリピート人生を送ってるお前に言われたくねーなァ、それ」

かつんかつんと靴底が鳴っている。能面の鴉は手を伸ばして大気を抱く。今にも踏み外してしまいそうな、ぐらついた体で男はやはり空を見上げている。男が空に焦がれているのに気付いたのはもうずっと前のことだった気がする。理由はあるのだろうが、訊いていない。なんとなく、訊くタイミングとやらが掴めないでいるからだ。(否寧ろ、俺が、訊きたくないのかも、しれない)

「よくさァ、鳥は自由でいいよなーとか言うじゃん? お前はえーっと確か、雲は自由とか言ってたっけ? まあいいや。でもさ、ホントは自由なんかじゃないんだよな。鳥は飛行することに囚われてるし、雲は空に囚われてる。空は世界に囚われてるし、お前はこの《學園》に囚われてて俺は約束に囚われてる。たとえば俺が死んだとして、でも自由にはならない。死に囚われることになるんだからな。だからこの世界で唯一自由なのって、やっぱ世界だけなんだよな」

向けられた背中がひどく冷たく感じた。そして生物としての直感が全身を過ぎる。……この男は、堕ちる、と。(はたして、何処に?)

「九龍、」

腕を引っ掴んで、無理矢理コンクリートに落とす。声は飲み込んだのか、すぐに自由とやらに消えていった。黒曜の瞳がゆるやかに瞬き、冬場の風に短い髪が靡く。ラベンダーを吸い込んで、感じたものを総て仕舞い込み二酸化炭素だけを吐き出していく。

「お前がやろうとしてんのは、飛行でも浮遊でもなく落下だろ。飛び降り自殺なら他を当たれ」
「……むぅ。いや、飛び降り自殺しようとしてるわけじゃないし、俺。つか飛び降りだったらマジ止めろよな」
「お前がどうなろうと俺には関係ないだろ。ただ、こんな所で死なれたら俺が容疑者に上がるのは明白だ。面倒ごとは少ないに限るんだよ」

そう言えば、ああと頷きながらげらげらと盛大に笑った。なにがそんなに可笑しいのか問えば、俺らしいと簡単な答えをもらった。意味がわからない。
所々に残る土埃を払いながら、男は未だ少し笑いながらくるりと踵を返し扉へ体を向ける。その際、完璧なる笑顔を浮かべて。それこそまるで、空いや、世界に別れを告げるように。

「面倒ごとに加担してるのに、よく言うよな」

扉が軋む音と共に、音の波が緩やかに鼓膜を犯していくのが、解かる。ぞっとするほどに穏やかなそれは、核心を突くには十分過ぎるものである。

「――なに?」
「ん? 何が?」

思わず漏れた問い掛けに、男はきょとんとした表情で言う。問いたいのはこちらの方だが、当人は何のことだかさっぱりわかっていない。……空耳だと、言うのか。今のが。(世界を切り裂くほどの強さ。重さ。絡め取るには十分すぎる枷。)この立場から聴こえた、幻聴なのだろうか。
はたして男は扉を開け、薄暗い校舎内に足を踏み入れる。手招きをするのは能面の鴉。溜息などもう出はしない。今にも零れ落ちそうなのは、恐らく謝罪の言葉。この男はもしかしたら知っているのかもしれない。すべてを知りながら、知らないフリをしているのかもいれない。罪深い人間だと、心底思った。


(心臓を、肉体ごと掴まれたような錯覚)
(――それは、本当に錯覚か?)


セブンティースリー / 09.01.29
作品名:セブンティースリー 作家名:asa