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エイプリルフール企画~南セントレアの猟犬~

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その日、船は騒然としていた。
いや、騒然としていたというより恐怖していたという方が正しいかもしれない。

「ほら菊、これも美味いぞ?果実は船の上では貴重だからな。」
「ありがとうございます。でも、今日はいつもより沢山食べたのでもう入りません。
アーサーさんがお食べになって下さい。船長ともあろうお方が倒れられては困ります。」
「俺はそんなにヤワじゃねぇ。菊の方がこんなに細くて折れちまいそうじゃねぇか。
俺は心配だ。」

いつもの赤い着物とは違う、宵闇のような黒い着物を纏(まと)った菊は常より
夜を連想させ、妖艶さに加え艶めかしさも感じさせる。
そんな菊がアーサーと仲良く食事しているばかりか、あろうことか膝の上に乗って
いるのだ。

「あらあら、私だって刀を持つ者。そこまで、貧弱ではありません。」
「それは失礼。だが、俺はお前にこれを食べてもらいたいんだ。
美味い物を食べているお前の顔が見たい。」
「あら、口がお上手だこと。」

菊はアーサーの指に挟まれたオレンジを口に含んだ。

その光景を見た船員たちの空気は一気に冷えていく。
この二人が恋仲であるなど、ましてやこんな大っぴらにすることなど有りえない。
何か不吉な予兆なのではないか。その考えが全員の頭によぎる。
だが、誰もそんな事を確認する勇気のある者などいない。








甘い空気を1日中漂わせたまま、二人は船長室へと入って行った。
今日一日、生きた心地のしなかった船員たちはそれを見届けてようやく安心したのだった。

「ふぅ、ようやくこの巫山戯た一日が終わりましたね。」

菊は木製のキシキシとうるさい椅子に座り足を組む。
アーサーは菊の後ろに回り抱きすくめると、黒と白のコントラストで際立ったうなじに
顔をうめた。

「ちょっと、戯れはもう終わりのはずでしょう!」
「つれないなァ。my dear.
…まだ部屋の外で聞き耳を立ててるアホ共がいるかもしれないだろう?」
「ッ!」

菊は悔しいという体を示しながらも、頭の片隅では流されてしまってもいいかと思う
自分がいることを知っている。それに忌々しくも思うが、彼のテノールの甘い声と
この船の上で香るはずもない薔薇の香りにうやむやにされてしまう。

アーサーの唇がうなじから耳を伝って頬までくると、至近距離で目が合う。
宝石のように綺麗な緑色はきっと、何百年航海しようとも見つからない秘宝の1つでは
ないだろうか。菊はその瞳が結構、いやかなり好きだったりする。
その瞳に魅入ってしまうと身体が言う事をきかなくなるのだ。
菊が動かないのを了承と受け取り、アーサーは菊の柔らかい唇にキスをする。

「んっ…」

ゆっくりと舌が割って入り、菊の下を絡め取ると口づけはよりいっそう深くなる。
くちゅくちゅと音がし唾液が菊の唇の端から溢れ出たところでようやく唇を離すと、
オニキスの瞳は潤み熱を孕んでアーサーをぼうっと見つめていた。

「菊は本当にキスが好きだな。」

アーサーは皮肉気に笑ってそう言い、鼻がくっつくほど顔を近づける。
菊はアーサーの首に手を伸ばし、肩に顎をのせ耳元で囁く。

「えぇ、ですからもっと気持ちよくして下さい。」

普段なら絶対に言わないであろうことを、艶を含んだ声で言われアーサーの顔が
わずかに染まった。
だが、同時に口元からは笑みが隠せなかった。

彼女は知らないのだ。
エイプリルフールが4月1日の午前中までだということを。
まんまと策略にはまった菊にアーサーは表情を元に戻すとその可憐な身体を抱き上げる。




翌日、船員たちの噂話を聞くまで菊この事実を知る由もない―――――――――