龍の怨讐
隼の里が襲撃されているとの報を受け、リュウ・ハヤブサは里へ駆けつけた。手練れと知られた者たちの死体と、燃えさかる炎がリュウの視界を覆った。生存者など期待できぬ有様だが、魔刀「黒龍丸」を狙っているという敵を追い、黒龍丸を守護している龍の巫女の屋敷へと向かった。
龍の巫女――現在は、リュウの幼馴染でもある呉葉がその役目を担っていた。ただ、ひたすらにリュウは祈る。呉葉だけは、彼女だけは生きていてくれ。
真っ赤な炎に包まれる屋敷の中に呉葉の姿を認め、呉葉もリュウの存在に気がつく。だが、彼女のその細い身体がぐらりと倒れこむ。呉葉の背後に、巨大な黒刀を手にした鎧の武者がいた。刀に、赤い血が滲む。
「――ッ、呉葉ぁっ!!」
息も絶え絶えの呉葉を、抱き起こした。元々色の白い呉葉の顔色が、蒼白になっている。
「リュ……ウ……」
「呉葉、もうしゃべるな」
リュウは呉葉を横たえ、目の前の、黒龍丸を持った鎧武者と対峙する。伝説の魔刀黒龍丸と対を成す、龍剣を携えた自分にも勝算はあるはずだと思い、刀を振りかぶるが軽くかわされ、背後を袈裟斬りにされる。リュウは喀血した。痛みと衝撃に、脚が震えだす。そのまま、もう一撃を喰らい地面へと突っ伏した。
リュウの意識は、混濁していく。
***
「真剣での勝負なんて、怪我してしまうわ」
「でも、いずれはちゃんとした刀で、龍剣で戦うことが来るんだろうし……」
巫女の装束をまとった齢十程度の少女と、同じ年ころの忍者装束の少年が鳥居の前で会話をしていた。
「ジョウさまは厳しいお方でしょう? もしかしたら、すごく怪我してしまうかもって……」
「そのときは、おれが修行不足なだけだ。自業自得だよ」
潤んでいるようにも見える少女の瞳を見て、少し慌てた少年はこほんと咳払いをした。
「じゃあこうしよう、おれが出稽古に行くときは、呉葉に薬をつけてもらいたいんだ」
「リュウ……」
少女の日本人形のように白い肌に、赤い色が染まった。
「うん、ずっと、待ってるよ。リュウが怪我したら、わたしが治してあげるから」
少女の屈託のない笑顔に、少年もくすっと笑った。
「頼りにしてる、呉葉」
リュウ・ハヤブサの意識は、ゆらゆらと過去をさまよっていた。
***
里を焼き、黒龍丸を奪い、そして呉葉を殺した男――ドーク重鬼卿の行方を追い、リュウは飛行船に潜入していた。
子どもを主とした里のわずかな生き残りにより、リュウは辛うじて一命を取り留めた。数日の療養の末、こうして復讐の旅を開始したのだ。
ドークへの復讐は無論であるが、それ以上に自分への復讐でもあると、リュウは思った。「待っている」と言っていた呉葉を目の前で殺され、挙句自らも返り討ちに遭ったのだ。リュウは、今までの人生の中でここまで自己嫌悪を抱いたことはない。いっそ、あのまま朽ちてしまえばよかったと思うほどに。
自らへの憎しみを他者に向けることで、リュウ・ハヤブサは最強の忍者「超忍」と呼ばれることになる。彼が超忍の呪縛から解放されるのは、まだ先のことである。
(了)
作品名:龍の怨讐 作家名: