バレンタイン詰め合わせ
まわりにいる者たちも同じような表情で、ベルゼブブを見ている。
ベルゼブブは道に正座をしていた。
さらに、膝に置いていた手をまえへと出し、道に手のひらをついた。
真っ直ぐに佐隈を見て、よく通る声で言う。
「私にチョコレートをください」
言い終わると、深々と頭を下げた。
土下座である。
日本人に対する最大級の謝罪や願い事をするのにいいとベルゼブブは認識している。
「な、なにしてるんですかっ……!」
佐隈の声がした。
近くから。
「やめてください! 立ってください!」
ベルゼブブの腕がつかまれる。
つかんでいるのは佐隈の手だ。
ベルゼブブを立たせようとしているらしい。あいにくとベルゼブブのほうが佐隈より力がはるかに強いので、びくともしないのだが。
頭を下げたままベルゼブブは佐隈に問いかける。
「チョコレート、贈っていただけますか?」
返事はない。
迷っているようだ。
けれども。
しばらくして。
「……いいものは無理ですよ、私は学生で、お金がそんなにありませんからねっ」
困り果てた末のような、照れているのを必死で隠しているような声が、返ってきた。
ベルゼブブはふっと笑う。
下げていた頭をあげる。
それと同時に腕をつかんでいる佐隈の手を軽くふりほどき、しかし佐隈がその手を引きあげてしまうまえに、ベルゼブブは佐隈の手をとらえた。
ベルゼブブは青い眼を佐隈の赤く染まった顔に向ける。
つかんでいるやわらかな手を自分の口のほうにすっと引き寄せ、告げる。
「チロルチョコでも、マーブルチョコ一粒でも、かまいません。さくまさん、あなたからいただけるのであれば」
すると、佐隈の顔がいっそう赤くなった。
その眼がベルゼブブから逸らされる。
「……なんで、そんな恥ずかしいことを堂々と、しかもこんな場所で」
ブツブツとひとりごとのように文句を言った。
恥ずかしくてたまらないらしい。
ベルゼブブは笑った。
そして、立ちあがる。
「では、参りましょうか」
明るく告げて、歩きだす。
佐隈の手をつかんだままである。
だから、手をつないだ状態だ。
それを佐隈がふりほどこうとしないのを嬉しく思いながら、ベルゼブブは歩いた。
作品名:バレンタイン詰め合わせ 作家名:hujio