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(いとを)
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novelistID. 40219
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女装臨也さん

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今日はついていなかったなぁと振り返る。
小テストの結果が思ったより悪かったとか、体育でやっぱりみんなの足を引っ張ったとかそういう内容で僕は溜息はついていない。今晩のおかずにと思っていた卵1パックおひとり様の特価セールに間に合わなかったからだ。
さすが家庭の財布を握るお母さんのパワーは圧巻。一応高校生なのだけれど。そして一応、男なのだけれど。と、卵を買えなかった悔しさで初めて体力をつけようかな、と思いながらドアノブを捻った。

「帝人くんお帰り」
「え、あ………は!?」

なにかがおかしいとは思っていた。
大家さんに「あんな可愛い子を外で待たせるなんて男としてダメよ」となぜか注意されたから。僕は昼ドラの話かなぁと思って、はぁと返事をした。
だって僕の家の前には可愛い子が待っていてくれてはいなかったから。というか可愛い子と約束した覚えもないし、もし約束していてもこんな汚いアパートで待ち合わせなんかしない。僕だって男だから、女の子には見栄を張りたい。かっこいいと思われたい。
実際違うのだけれど。親友にタックルされたらよろける体だし、今日なんて園原さんにまでお弁当のお裾分けをされそうになった。もやしもやしと誰かさんには言われる始末だし。って、考えただけで憂鬱になる。
だからこれは僕が現実逃避のために成した幻想なのだと。

「帝人くー」

何かが両手を広げて向かってくる。即座に扉を閉めた。表札を確認。竜ヶ峰。間違いなく僕の家。ちいさくてボロいけど確かに僕の城。
アレはなんだ。

「ちょっと帝人くんひどいなぁ」

扉が開かれる。くすりと笑うコレはなんだ。
頭がついていかない。
だってここは僕の家で。僕は一人暮らしなはずで。家を出たときは誰もいなかった。鍵も閉めた。なんだ。
家の中に女の人がいる!茶色の髪は白のタートルネックの上でふわりと揺れて。赤いミニスカートと黒のハイソックスとの絶対領域はまさに絶妙。ってちょっと変態的な発言やめろ。
ほんとなんだこれは。

「帝人くん?つったってないでさっさと入れば」

いやここ僕の家です。なんで偉そうな態度とってるんですか。そんな言葉を返す余裕すらなく、腕を引かれるまま帰宅。ガチャン。鍵が締まる音に、もしかして僕危ない?と我が家なのに危機感を抱いた。

「ささ。今お茶いれるから帝人くんはちょっと座っててよ」

まるで家主が逆転したかのように肩を押されて座らされた。そして横切る時にふわりと香ったにおいに。

「え!?まさかあなた臨也さんですか!!」
「え?まさか帝人くん今まで気付かなかったの?」
「………だって完全に女の人じゃないですか」

声まで。と、言った僕の前に乱暴にお茶を置かれた。向かいに座った臨也さんが目を細めて睨み付けてくる。何故か急に不機嫌になった臨也さん。
その姿はいつもの黒い服じゃなくて、正反対の白のタートルネックと赤いミニスカート。黒のハイソックスとの絶対領域から見える足がつるつるな所を見るに処理をしているらしい。やると決めたらとことんやる人だ。その胸の膨らみも無駄に忠実に再現されているんだろうなあ。
だからこそ臨也さんだと気付かなかった。薄化粧に茶髪のウィッグが無かったら最初に分かったかもしれない。それほど臨也さんは女性になっていた。けれど匂いまでは隠しきれなかったらしい。……匂いで気付いた僕も僕で恥ずかしいけれど。臨也さんはその格好で池袋を歩いたのだろうか。

「やだぁ、帝人くんってばエロイー」
「ちょっと人の心読まないで下さい。それにネカマも止めてください」
「君が先に違うこと考えたんだろ。女の子になったら帝人くんどんな態度とるのかなって楽しみにしてたのにとんだ誤算だ。俺が今何に怒ってるか分かってる?」
「帰ってくるのが遅かったことですか」
「違う。今の前で待って驚かそうと思ったら大家さんが鍵開けてくれたのは予想外だったけど」
「似合ってます、よ?」
「違う!というか何で疑問系!?」

怒った臨也さんは立ち上がる。普段ならば気がつかないけれど、いや普段でもこんな癇癪起こした子どもみたいな行動を起こさない。きっとこれは女性になりきっているからなんだと思っておく。
つまり、まだ萎縮したまま座っている僕の前にいる女装臨也さんは立ち上がってしまっているわけで。僕の反応は早かった。臨也さんの絶対領域…!

「臨也さん見えます!女の子がそんなかっこうしたらダメです!」
「なんなの!帝人くんって天然じゃなくて小悪魔だね!しかもすごく質の悪い!!」
「分かりましたから臨也さん僕が悪かったですから、お願いですから座ってください」

ぶすくり。言葉で表現するならそんな態度。ぶすっとして、ひねくれものな臨也さん。一体なにに怒っているのか。普段の臨也さんなら怒らせたままにするけれど、(寧ろ臨也さんに感情を弄ばれているのは僕の方なんだけれど。)臨也さんが女性にみえるからそのままにしておけない。
肘を付いてあぐらをかいた臨也さんに「見えます」と言っても「いつも見てるのに」と解決しなかった。目線を下げないように顔を精一杯反らしてタオルをかけた。ら、腕を掴んだ臨也さんと目が合ってしまった。

「もし俺じゃなかったらどうしたの」

にやり顔から、睨み付ける顔にチェンジ。美人が怒ると恐いって本当ですね。

「正体不明の女と部屋で二人きりになって帝人くんは一体何をされたかったの」
「そんな、女の人に何か…、って何で僕がされる側なんですか!?」
「されるに決まってるだろ!帝人くんはもやしなんだから!」
「また僕のこともやしって言いましたね!それは言わない約束だったじゃないですか!」

手を振り払う。爪がかすめたようで臨也さんが眉を寄せる。

「いたっ」
「あ、すいません、大丈夫ですか、…って!!?」

ぎゃあああ!策略だ!
痛みを訴えていた腕で押し倒された。忘れていた。例え女の人の格好をしていても上から覆いかぶさるように道を塞ぐ臨也さんはこうやって嘲笑うのだ。

「ほらね。帝人くんはされる側なんだよ」

あのとき抱いた危機感はほんものだった。しかし気付いた時には手遅れ。
絶対領域がチラリと視界に入ってどうしたら良いのか分からない。

「帝人くんはほんとかわいいね。食べちゃいたい」





次の日、大家さんに親指をつきだされて「私竜ヶ峰くんのこともやしっ子と思ってたけどごめんなさいね。若いっていいわね」とティッシュペーパーを5箱を一パックいただきました。
頬を染めてウィンクした理由を聞きたいけれど聞いたら僕終了のお知らせな気がしてやめておいた。
家計としてはありがたいけれど……訂正したい。これからどうして大家さんと顔を合わせよう。
臨也さんのバカ!
作品名:女装臨也さん 作家名:(いとを)