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「アムロ! アムロ?! 大丈夫? って! …きゃあっ!!」
見えない壁が消えて駆け寄ってきたララァが、目にしたものに驚き、悲鳴を上げるなり顔を覆って背中を向けた。
「あ、あ、あむ、あむろ…。その人、何? …なんだって、は、はだか…」
「俺が聞きたいよ、ララァ。こいつ、いきなり俺の前に現れたんだから」
「こいつ、ではない。私の名前はシャアと言う。我が半身よ」
「あ、そ」
俺は驚きのあまり精神が振り切れたんだろう。妙に淡々とした口調になっていた。
「じゃあ、シャア。あんた、何。何だって俺の目の前で素っ裸で突っ立ってるわけ。ってか、そもそもあんた、何処から入ってきたのさ」
「アムロ?」
開き直ったような口調で詰問している俺に驚いたのか、ララァが疑問系で俺の名前を呼んだ。
「君はアムロと言うのか。よろしく。今生の半身、アムロ」
「はんしんって、何? ああ。野球の阪神な」
「ちょっと、アムロ? 大丈夫? 変な返事を返していると思うのだけど……。それより、その人に何か着て貰えないかしら。そちらを見る事も出来ないのだけれど…」
ララァは、しっかりと会話をしたいと思っていても、全裸の成人男性を直視しての会話を行える程の図太い神経は持ち合わせていない。
「シャア。ララァもそう言ってるから、何か着てくんないかな。これ見よがしに立派なナニを見せびらかされても、不愉快にこそなれ親しみは湧かないんだよね。俺的にも男性全般的にも」
俺は仁王立ちでつっけんどんな言葉を投げかけていた。
それでも目の前の偉丈夫は動じる事が無かった。
「着るものは、ここには無いようだ。そもそも、着るものを必要としている身体では無かったからな」
「だってさ〜、ララァ。上に戻って、家具にかけられている覆いの一枚でも引っぺがして持ってきてよ。それしかなさそうだ」
「わ、わかったわ」
ララァはそう答えを返すと後ろも見ないで駆け出し、足音が小さくなり消えた頃になって、偉丈夫がおもむろに一歩前へと動いた。
そうなるまで、互いに微動だにしていなかった事に気づく。
大きな手が俺の頬にあてられた。
意外な事にその手は暖かかった。
「アムロ。君は私をその血でもって目覚めさせた。だから私の半身。つまり片翼なのだ」
「別に目覚めさせる気なんか無かったよ。勝手に手が動かされ、手掌が切られたんだ。でもって、勝手にあんたが目覚めただけの事だ」
「いや。君の中の何かが私に覚醒を促した。だからここまで誘導したのだ」
「誘導? あの身体をさわられているような不快感は、あんたのせいだったって事か?」
俺は頬に添えられていた手を叩き落とした。
「君に、装置が反応しただろう?」
「装置? あの壁とかこの部屋の光源の事?」
「そうだ。そもそも資格が無いものに私のいる場所が判る筈が無い。君の中には私に通じる何かがあるのだよ」
「俺は普通の人間だよ。あんたみたいな未確認生物じゃない。それに、あんたのいる場所をはっきりさせたのは磁場探査装置だよ。俺達はこの館の変事を調査に来ただけだ」
「あんたではない。シャアだ。そう呼んでくれないか」
偉丈夫の瞳が、少しだけ傷ついた色を示した。
俺はちょっとだけ可哀想になり、名前を呼んでやる事にした。
「はいはい。シャア」
「では、先ほどの君の質問に対してだが、君の身体を触った覚えは無い。そもそも眠りについていた私の精神に、君が先に触れたのだ。だから私は目覚めたのだから」
「あんた…シャアの精神に触れた覚えは無いよ」
「では無意識なのだろう。やはり君の中には私と通じるものが存在するのだ」
「だから!」
「アムロ!! カバーを叩いて持ってきたから受け取ってくれない?」
堂々巡りの反論を言いかけたところで入り口からララァの困ったような声がかけられ、俺は一旦舌鋒を収めた。
くるりと踵を返すと、俺はすたすたと部屋の入り口へと足を進める。すると後ろをペタペタと裸足の足音がついて来た。まるで犬か猫が飼い主の後をついて来るかのように…。
“何なんだよ、いったい!!”
頭の中にむかっとした怒りが湧いた。
館の異変はこの男のせいだということは確かだ。だが、その男は、俺が働きかけたから目覚めたのだと言い張る。
全くもってわけがわからない。
俺はララァが持ってきたカバー ―意外な事に暗紅色の布地の端に金色の刺繍がぐるりと施された豪奢な物だ― を受け取ると、後ろをついて来ていた偉丈夫の胸にボスッとぶつける様にして渡す。
「これで一先ず身体を隠せよ。そうしないと話しになりゃしない」
頭ひとつ分上にある宝石のような瞳をねめつけながら、俺はそう言った。
「心得た」
偉丈夫は古風な言葉を返すなり、その布をヒラリと広げた。
次の瞬間
先ほどのような光が一瞬だけ迸り、それが収まった時には、目の前にスタンドカラーの中国服めいた衣装を纏った偉丈夫が立っていた。
何故か靴も履いている。
「「えっ??」」
俺とララァは異口同音で驚愕の声を発していた。
2011/06/16