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戦場に咲く花を見てはいけない

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君によく似た花を見たことがある。


◆◆◆


『保健委員』というのは、この学園では不運の象徴のように語られるらしい。
しかし、その不運を六度も引き寄せてなお、目の前の子どもは微笑みを絶やさない。

「伊作くん」
「はい」
「私ってそんなに暇に見える?」

庭先にしゃがみ込んだまま、己の顔を指差して問う。
尤も顔など殆どあって無いようなものだが。

「……暇じゃないなら来ないでしょう?」
「あーなるほど」

成る程、成る程。
二十近くも年下の少年に指摘されるのも恥ずかしいものがあるが、確かにそう思っても何ら不思議じゃない。
こう見えてもね、それなりの地位にある忍者なんだよ、実は忙しいんだよ。
そう返しても良かったが、次に来るであろう問いが思い浮かんだからやめておく。
少年が言うのだから、きっと私は暇なのだろう。
――草むしりを手伝わされるくらいには。

「そもそも伊作くんの仕事じゃないんでしょ」
「今日の当番の子が手を怪我したので」

怪我したので、の後を省略したまま、少年は真面目に雑草を毟っている。
何も代わってやる必要なんてない。額に汗してまで六年生がやるような仕事でもないはずだ。
しかし、この少年は当世一のお人好しなくせに変なところで頑固だから、私が何を言っても笑って流してしまうことだろう。
仕方が無く、私も手を動かす。
少しでも早く草むしりを終えるのが得策だ。
こんなところで名も無き草を千切っては投げるために来たわけではない。

「あ、駄目ですよ、雑渡さん!」
「え?」

不埒な妄想など微塵もしていなかった、と胸を張って言えるわけではないので、その制止の声に思わず数度瞬き。何が駄目だって?

「花!」
「はな?」
「花ですよ、今摘もうとしているの」
「ああ、花」

見れば確かに自分の手は小さな花の茎に触れていた。
そこらの畦道にも咲いている、どこにでもある野花だ。
うっすらと山吹色がかった細かな花が幾つか集まって一輪を形成している。
少年の剣幕に押し切られるようにしてゆっくりと指を離せば、丁度良く吹いた風に微かに揺れる草花。

「ちゃんと見てから抜いて下さいね……でも間に合って良かった」

そういって胸を撫で下ろす少年の笑顔を見て、ああ綺麗だなと目を細めた。


◆◆◆


最後に物を言うのは、反射だ。
知略策略謀略戦略――ありとあらゆる権謀術数を駆使してなお、『その時』はやって来る。
いつだって『その時』になれば、頭などより余程身体の反射の方が信用に値するものだった。
それは忍の勘か、或いは獣の本能か。いずれにせよ人ではない。
肌を一瞬で這い上がる、ぞわりとした感覚。
それが恐怖ならばまだ取り返しがつくのに、鋭敏な割に大事な部分が麻痺したこの神経はそれを狂喜と受けとってしまう。

だから命を奪う時、躊躇ったことなど一度もなかった。

殺意などという人間的な感情すらなく、狂喜はすぐさま冷静に取って代わり、寸分の狂いなく、一瞬の悔悟なく、身を限界まで引き絞って繰り出す一撃――至極当然なまでの必殺。
熟練と讃えられるべきか、欠落と罵られるべきか。いずれにせよ人ではない。
双肩に懸かる命、百余名。双手が狩る命、数多。
守ろうとすれば鉛よりも重いのに、奪おうとすれば木の葉よりも軽い。
血と煙の匂いに馴らされ、命の目方すら量りかねて、ただ反射のみで駆け抜ける戦場の闇。
猫の爪より細い三日月がその花を照らしたのは、そんなありふれた夜のことだった。


◆◆◆


二人並んで草むしりを続ける。
少年は幾度となく「大丈夫かなあ」と怪我したという子どもの心配を口にした。
君が治療したなら大丈夫だ、とその度に私は繰り返す。
段々、悪くない暇の潰し方だと思えて来た。
いや私は暇なんかじゃないのだけれど―――何だかまるで普通の人みたいな午後じゃないか。


◆◆◆


鬱蒼とした木々の合間、ひっそりと誰にも知られぬようにその花は咲いていた。
青白い月光に照らされて、白い花弁が濡れたような艶やかさで揺れる。

美しいと思った。
美しいと思えた。

思わず足を止める。片目を見開く。驚きは反射すら超越した。
まだ美しいなどと思える余裕が、感情が、人らしさが己の内にあったのか。
無論、追いつつ追われる戦場で、花に見とれるなど許されない。
しかし花の美しさは、全ての夜と無関係だった。
程なく、研ぎ澄まされた聴覚が常人では聞こえぬ足音を拾い上げる。
こんな場所に居てはならない。分かり切っている。
足を動かす。また止める。花を振り返る。追っ手に踏まれ折られ散らされることだろう花を。
白い花弁は無残に踏みにじられ、二度と月の光を湛えることはない。
花を踏む者には作為もない、故に躊躇もない。戦場とはそういうところだ。
それは恐らく、人でも忍でも花でも同じ。
痛いほど分かっているのに、振り返り見た花はやはり美しく、血と煙の匂いがする手を差し伸べざるを得ない。
細い細い茎に指先が触れた瞬間、追っ手の気配は一段と濃くなったから――。
それが正しいかどうかも分からないまま、花を手折って闇に紛れた。


◆◆◆


不運を六度も引き寄せた少年は、確かに私から見ても不運そのものだった。
忍術学園で、この学年まで残るということがどういうことか、それくらいは私も知っている。
だが、少年の優しさはいずれ少年自身の命を奪うだろう。
闇夜にはそぐわぬ心根、何の因果でこの道を選んだのかは知らないが、持って生まれた素質と現状が一致しない『不運』。
私は隣の少年が戦場を駆ける姿を思い浮かべる。
弱くはない、だが決して強くもない。細く折れそうな一輪の白い花。
どれだけ懸命に咲こうとも、散らされる時は一瞬だ。
儚く、無残に、躊躇なく踏みつぶされる若く美しい花。

ならば、己が摘んでやろうか。
あの夜と同じように。

草をむしっていたはずの自分の腕が、少年の手首を掴んだ。
未だ発達途上の細い手。回る指。摘み取るのに幾瞬もかからない。
その優しさ故に誰かに散らされるくらいなら、綺麗なまま、綺麗過ぎるまま、己の懐で静かに息絶えさせてやった方が、遥かに――。

「どうしたんです? 雑渡さん」

ともすれば鈍感なほどに、少年は透き通るような瞳をこちらへ向けて来た。
美しいと思う。
美しいと思える。
――ゆっくりと、先程野花にそうしたのと同じように、指を開いた。

「……伊作くんはもっとご飯食べなさい」

誤魔化すように呟けば、食べてますよ、などと憤慨してみせる姿が愛しい。
そして同時に、どうしようもない。
また雑草を抜き取りながら、私は遣る瀬なく笑う。
いずれ闇夜に散る運命なればこそ美しい、それもまた不運だ。


【おわり】