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続・羅生門

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下人は、暗闇の中にひっそりと身を潜めていた。それもたった今老婆から強奪したばかりの着物を抱えながらである。これからどうしようか。下人の頭の中には、死への恐怖とともに、悪知恵ばかりが浮かぶのである。下人の良心はどこへなくなったのか、良心の一味も感じられない。金を得るなら何でもしようか。といわんばかりに。腰にぶら下げている太刀で人を切ろうか。いっそのことあの老婆でも切ってしまうか。いやそんな必要は無い。ならば、成金どもをきってしまおうか。
 そうこう考えているうちに、太陽が顔を出し始めた。憎い。また明日が来てしまったのか。いっそのこと自分から死のうか。
 すると、一人の男が下人の前に現れた。
 「よるな」
 下人は執拗に叫んだ。
 「困っているのか。」
 「心配無用。去れ。」
男の優しさを激しく拒んだ。
 「人はお互い様だ。うちに来い。いい飯がある。風呂もある。きるものもある。働くところもある」
下人は心が揺らいだ。ほしいものがすべてそろっている。しかし心は許さない。体は今にもついていこうとしている。
「そこで死ぬ気なのか。門の上にすてられるぞ?」
下人はその言葉で決心した。あの老婆と同じになりたくない。
 「参ろうか」
男は手招きし、下人を案内した。
 案内された場所はなんとも金持ちが住みそうな大きな家で、中に入ると、飯のいいにおいがする。一人の若い女性がいた。一生懸命に飯を炊く女性は、こちらを不思議そうな顔で見たが、すぐに笑った。下人は、案内された部屋につくと刀をおいて、着物を脱ぎ、風呂へ向かった。なにせ何日間も入っていないのだから欲求がたまっていた。
 風呂から上がると、飯が用意されていた。ありがたい。魚の煮つけや白米、漬物がそろっていた。うまい。食事中に、男が入ってきた。
 「この穢れた着物はなんだ。男のものではないな。においもひどい。捨ててしまおうか」
 下人は着物を見た瞬間に食欲を失った。罪悪感が心に芽生えた。
 「あぁ。道中で拾ったものだ」 
 「では捨ててもよいな?」
 「よろしく頼む。後、飯がうまいと、女に伝えておいてくれぬか」
 「わかった伝えておく。たらふく食え」
男は部屋から出て行った。下人は部屋で一人、眠ることにした。目の前が暗闇に閉ざされた瞬間。あの夜のことを思い出した。生きるためにした悪。許されるはずがない。老婆はどうなっているのであろうか。死んだのか。生きているのか。下人の心には良心が再び宿った。
 翌日、下人は男に頼み、働かせてもらうことにした。畑の作業、家の掃除等だった。一日働けば二両もらえた。
 そんな調子で、十六年がたった。下人もすっかり、年老いて、男はすでに他界してしまった。妻には、飯を作ってくれた女性が妻になった。十六年の歳月が過ぎ、あの夜のことは忘れていた。羅城門の存在もである。下人は、村に仕事で呼ばれた。ある門の掃除である。下人が門の前に立ったときであった。脳裏によぎった。あの日のことが。腐食したはしごが目の前に見える。新しいはしごを上った。恐る恐る。ぼんやりと見えてくる、死体の山。下人は上までのぼった。あの日は人形のようだった死体も、いまはひどい異臭を放っている。ミイラになっているものまである。老婆の死体は見えない。下人は安心を覚えた。
生き延びたのか。下人はせっせと、死体をまとめ、焼き払った。下人は最後に残りの死体がないか最後の確認をした。なにもない。男は、焼き払った死体を近くの寺院に捨てた。 
 それから十年後下人にも最期が訪れた。そして葬式には何人か参列し、華やかなものとなった。ただ、一つだけ秘密がある。
それを知るのは、天国での話だろう。老婆の名字は葛西である。男の名字も葛西である。
作品名:続・羅生門 作家名:NAOMICHI