続・羅生門
そうこう考えているうちに、太陽が顔を出し始めた。憎い。また明日が来てしまったのか。いっそのこと自分から死のうか。
すると、一人の男が下人の前に現れた。
「よるな」
下人は執拗に叫んだ。
「困っているのか。」
「心配無用。去れ。」
男の優しさを激しく拒んだ。
「人はお互い様だ。うちに来い。いい飯がある。風呂もある。きるものもある。働くところもある」
下人は心が揺らいだ。ほしいものがすべてそろっている。しかし心は許さない。体は今にもついていこうとしている。
「そこで死ぬ気なのか。門の上にすてられるぞ?」
下人はその言葉で決心した。あの老婆と同じになりたくない。
「参ろうか」
男は手招きし、下人を案内した。
案内された場所はなんとも金持ちが住みそうな大きな家で、中に入ると、飯のいいにおいがする。一人の若い女性がいた。一生懸命に飯を炊く女性は、こちらを不思議そうな顔で見たが、すぐに笑った。下人は、案内された部屋につくと刀をおいて、着物を脱ぎ、風呂へ向かった。なにせ何日間も入っていないのだから欲求がたまっていた。
風呂から上がると、飯が用意されていた。ありがたい。魚の煮つけや白米、漬物がそろっていた。うまい。食事中に、男が入ってきた。
「この穢れた着物はなんだ。男のものではないな。においもひどい。捨ててしまおうか」
下人は着物を見た瞬間に食欲を失った。罪悪感が心に芽生えた。
「あぁ。道中で拾ったものだ」
「では捨ててもよいな?」
「よろしく頼む。後、飯がうまいと、女に伝えておいてくれぬか」
「わかった伝えておく。たらふく食え」
男は部屋から出て行った。下人は部屋で一人、眠ることにした。目の前が暗闇に閉ざされた瞬間。あの夜のことを思い出した。生きるためにした悪。許されるはずがない。老婆はどうなっているのであろうか。死んだのか。生きているのか。下人の心には良心が再び宿った。
翌日、下人は男に頼み、働かせてもらうことにした。畑の作業、家の掃除等だった。一日働けば二両もらえた。
そんな調子で、十六年がたった。下人もすっかり、年老いて、男はすでに他界してしまった。妻には、飯を作ってくれた女性が妻になった。十六年の歳月が過ぎ、あの夜のことは忘れていた。羅城門の存在もである。下人は、村に仕事で呼ばれた。ある門の掃除である。下人が門の前に立ったときであった。脳裏によぎった。あの日のことが。腐食したはしごが目の前に見える。新しいはしごを上った。恐る恐る。ぼんやりと見えてくる、死体の山。下人は上までのぼった。あの日は人形のようだった死体も、いまはひどい異臭を放っている。ミイラになっているものまである。老婆の死体は見えない。下人は安心を覚えた。
生き延びたのか。下人はせっせと、死体をまとめ、焼き払った。下人は最後に残りの死体がないか最後の確認をした。なにもない。男は、焼き払った死体を近くの寺院に捨てた。
それから十年後下人にも最期が訪れた。そして葬式には何人か参列し、華やかなものとなった。ただ、一つだけ秘密がある。
それを知るのは、天国での話だろう。老婆の名字は葛西である。男の名字も葛西である。