どっちが子供?
驚くことにアリスの足は既に痛みが引いていた。腫れも無い。この国に来てから時折感じる回復力の速さや瞬間的な身体能力の向上は、アリスが住人になる前触れなのだろうか。穴に落ちて気を失いはしたが、何処も傷めてはいなかったのもその所為かもしれない。膝や脛の傷も癒えていた。
エースはテントを畳むと、ほら!とアリスに手を差し出す。
「足元暗いだろ。」
アリスは素直に手を引かれ、森の何処かに出口があるというこの洞窟を歩き始めた。勿論、道案内はアリスで。
幾度か迷いながらも洞窟を抜け出し、森を抜けた。墓地の端に辿り着いたところで、二人を捜しに出ていたジェリコの部下たちと会う。
「あれ!? お二人ご一緒だったんで?」
「ああ、偶然ね」
彼らに付いて美術館の裏口にまわると、待ち構えていたユリウスとジェリコにこっ酷くお説教を食らい、その後レストランで食事を摂った。
食後に、アリスは紅茶を、エースはコーヒーを飲みながら、一晩過ごした森をガラス越しに見る。
「此処から眺めてると、あんなこと嘘みたいだわ」
エースは同じ方向を見ながら、何も返事を返さなかった。アリスはそっとエースの横顔を見ている。綺麗な顔立ちだ。アリスが最初に知り合ったエースの面影がある。おかしな感じだった。最初に大人のエースと知り合って、後に少年のエースと知り合いになるなんて、この世界でなくては経験できないことだ。
アリスの視線に気付いたのか、エースは此方を向く。ねえ・・・そう言って言葉を切って黙ってしまった。
「ねえ、俺たち付き合っちゃわない?」
思いもかけない言葉にアリスは驚いたけれど、それはなんだかおもしろそうな気がしてきた。あのエースの子供時代を、今以上に知ることが出来るのだ。今の感情表現が真っ直ぐなエースが、如何してあんな爽やかに捻くれてしまったのか、もしかしたら知ることが出来るかも知れない。それが何だと言われれば、好奇心としか言えないが、今は目の前のエースのことをもっと知りたいと、そう思った。
「・・ ん~、まぁいいけど?」
どうせ恋愛になんかなりっこない。アリスは片手を上げてスタッフを呼ぶ。
「カフェボールに半分、温めたミルクもください」
アリスはそう言ってエースの方を見た。
「エース? コーヒー減ってないわよ?」
「ねえ、先刻のさ、今度デートすることろ決めよっか?」
「あ~うん、うん。私、駅のモール街がいいわ」
「え~、俺はもっと自然の・・」
そこで、それまで空気のような存在だったユリウスの咳払いが横槍を入れてきた。黙って作業をしていた手を止め、珍しく会話に割り込んでくる。
「お前たち、デートとはどういう事だ!?」
エースとアリスは顔を見合わせ、どういうって・・、と口籠る。別に疚しいことなど無いのだが、付き合うということがどういうことなのか説明しろと言われても上手く言葉にできないのだ。何しろ、二人ともそういう経験が無いのだから。だから手始めに何処かに出かけてみようぜという発想になったわけであり、今まで一人で出かけていたものが、連れが出来た程度のものという認識だった。
二人は揃ってユリウスの方を見る。彼は不機嫌そうに二人を睨んでいたが、徐に立ち上がり、背面の書棚の扉を開けた。分厚い本を一冊取出し作業台の上で広げ、一心に指で文字を辿っている様子に、アリスとエースは興味を惹かれ近付く。
だが、二人が覗き込む前に本は閉じられた。
「駄目だ! これには載っていない!!」
急に慌ただしくユリウスは廊下へのドアに向かい、ノブを掴みながら振り返る。
「ちょっと出かけてくるから、二人とも何処にも行くんじゃないぞ!いいな!」
バタンと勢いよく閉まったドアを眺めて、取り残された二人はユリウスの机の近くで呆気にとられていた。ユリウスの遠ざかって行く靴音が聞こえなくなった頃、先に我に返ったエースがアリスに声を掛ける。
「ユリウスどうしちゃったんだろうね?」
「ねえ、これ何の本かしら?」
二人で覗き込み、表題を読み始めた時、急にドアが開いた。
「おい!! お前たち何をしているんだ!?」
「え!?」
「!?」
「お前たち、近づき過ぎだ! 離れなさい!!」
出かけたはずのユリウスが直ぐに戻って来て、此方に大股で近づきながら咎めるように離れろと連呼する姿に、エースもアリスも再び呆気にとられる。何故、こんなに彼の機嫌が急に悪くなり、自分たちが怒られるのかが全く解らず、ぼんやりとユリウスの方を見ていると、アリスの腕を掴み、エースの襟首を掴んで引き離された。そのまま、強引にドアに向かい歩かされる。
「危なかった・・」
ユリウスはぼそりとそう言いながら長い廊下を子供たちを引き摺るようにして歩く。アリスが腕が痛いと言い、エースが放せよ!と騒ぐのを、丁度向こうからやって来たジェリコが、怪訝そうな顔で見た。ユリウスの剣幕に気付き如何したのかと声を掛けてくる。
「なんだ、エースがまた何かやらかしたのか?」
「俺は何もしてない!!」
「男女七歳にして席を同じうせずだ!!」
「はあ?」
ジェリコは、三人を見送りながら頭を掻いた。
「親ってのは、大変だな・・」