ふたりのケンカ
「あーっ……ダリぃ」
半ばソファからずり落ちるように両足を左右に開いてだらしなく座ったウォルターからは、ひっきりなしにこの言葉が漏れる。
「ダリぃー」
「……」
向かい側で、こちらもある意味行儀悪く足をソファの上に乗っけて抱えこみ、縮こまって本を読んでいるアンディからは、なんの返事もない。無言。視線も向けない。
ウォルターは身をよじった。
退屈すぎる、いくらなんでも。
座り直し、正面のアンディに向かって言う。
「ダリぃな、おい」
「うん」
本に目を落としたままでアンディがうなずく。
返事した……。
あまりの意外さに、ウォルターはちょっと呆然とした。
いやもうカンペキ無視されていると思っていたもので。
いやいやちっとも視線はこっちに来ないけれども。
それでも反応が返ってきた。
「なぁ、アンディ。オセロやんない?」
ふと思いついてウォルターは笑みを浮かべて言ってみる。
アンディがゆっくりと顔を上げて、訝しそうにウォルターを見る。
「え? ……めんどくさいんじゃなかったの?」
「何もしないのもダリぃし」
「死ねば?」
「ヒドッ」
『それはねぇだろ』と引きつり笑いを浮かべるウォルターをじっと見つめて、興味を失ったようにアンディはまた本に目を落とす。
「あー……」
ウォルターは『くそっ』と口の中でつぶやく。
アンディ、つれない。
それでも未練がましく言ってみる。
「やろうぜ、オセロ」
「ひとりでやれば」
今度は顔も上げない。
ひとりでオセロって……何その淋しいの。
くそー……。
ウォルターは決心した。
何がなんでも相手してもらおう。
今の暇つぶし相手はアンディしかいないんだ。
他にいたってコイツがいい。
意地でも遊んでやる。
ぐっと身を乗り出し、真剣な顔でアンディを呼ぶ。
「アンディ、こっち向けよ」
「……」
「おい、アンディ」
しぶしぶといった様子で相手がチラと目を上げた瞬間、顔の前で手を叩く。
パチンッ。
びっくりして目を見開いたアンディに、とっておきの笑みを見せる。
ニヤリ。
「……猫だまし」
「……」
顔を伏せたアンディの肩がぷるぷるとし出す。
覆い被さった髪の間からキランと大きな目がウォルターを見据える。
怒りに満ちて。
『ありゃ? やりすぎちったかな』なんてウォルターは思って、アンディの次の行動に期待してドキドキする。
「……ウォルター」
低く小さな声でボソッと名前を呼ばれて、『ん? なに? なに?』と顔を近付ける。
アンディは無言で手を振り上げた。
バッチーンッ。
「……いっ……てぇーっ!!」
頬を押さえてウォルターは唖然としてアンディを見る。
持っていた本を思い切りウォルターの頬にぶつけたアンディは、怖いくらいに無表情だった。
大きな目が静かにウォルターを見下ろす。
「カバンを持ってなかったこと、感謝するんだね」
「けっこう痛かったぞ、それも!!」
『角が当たった!!』とわめく。
そんなウォルターに構わず、ツーンとして、また本を開く。この流れで。
「……もう、頭きた!!」
ザッと立ち上がり、アンディに詰め寄り、手から本を奪おうとする。
「え、ちょっ……何するんだよ」
いやいやと抵抗するアンディに、ウォルターは力ずくで本を奪いながら答える。
「ケンカするもんだろ、こういう場合!!」
「え、どういう場合? もう終わったことじゃん」
「俺の気が済まねぇんだよ、それじゃ!!」
「ちょっと、本気で迷惑なんだけど。なに、この人」
ソファから立ち上がって本を引っ張り合う。
「おまえはもーちょっと他人のこと気にしろっての!!」
「なんだよ、そっちこそ、人が本読んでること気にしなよ」
一部始終を見ていたシャルルが呆れてぼそりとつぶやく。
「……何やってんだか……」
(おしまい)