ひとり遊び
「それじゃあ行ってくるよ」
そう言い残してブルース・ウェインはドアノブに手を回し、部屋を後にした。
彼の個室にひとり取り残されたジョナサン・クレインは辺りをキョロキョロと見渡す。それから暗雲とした気持ちを抱えたまま両膝に顔を埋めた。
(またひとりだ…)
静かに溜め息を吐く。この殺風景な部屋の中で今日も自分は過ごすのだ。外出できるのはブルースがいる時のみ。本人からそう言われた。
別に誰かに来てほしいわけでもなければ、外に出たいわけでもない。何もない個室の中で過ごすこと自体には何も不満はない。
ただ、ブルースのいない1日が再び始まってしまったことが嫌だった。
幾度も幾度も繰り返される日常。
昼も忙しければ夜は――闇の騎士として敢えて、気づかれぬように町を守り、戦っている身なのだから休息の時間なんて無に等しい。
それでも、クレインは底知れない孤独感を身に感じていた。
ブルースの、温もりが欲しい。抱き締めて欲しい。キスされたい。舌を絡めて口端が唾液でベトベトになるほど口付けて欲しい。身体中を貪られたい。身体も、精神も狂ってしまうくらいに抱いて欲しい。愛してほしい。
――ブルースが欲しい。
甘い戦慄が、背筋に走った。疼きに耐えようと、着ているワイシャツ越しに両腕を強く掴む。
こうして彼と交わる淫らな妄想に耽るのがクレインの日課となっていた。
下半身が熱を持ち、既にジーンズ越しに主張をしている。
思春期の子供でもないのに想像だけでこんなに勃つだなんて事実にさらに興奮を覚える。
身体が、熱い。
窮屈そうにしている自身を解放しようと、ファスナーを開ける。自然と手が、下の方へと伸ばされる。
「あっ…うっ…ん、」
自分の声とは思えない嬌声が口から零れる。それでも出来る限り抑えようと口許に片手を宛てながら、もう片方の手で行為を続ける。
そのままクレインは自身の熱を暫くの間、持て余した。
***
暗い部屋の中、花弁のように無数に散らばっているティッシュ。
そして、だらしなく股を開いたまま、視線を宙へと向けている自分。
最早、ワイシャツは着崩れており、どのボタンがどの通り口に嵌めているのかバラバラで、ジーンズのチャックは開けっぱなしのまま。
寂しさが入り雑じった、甘い余韻に一人浸る。いつもそうだ。
流石に、最中は何もかも忘れてその事に熱中してしまうのだが、冷めた後、結局は何も変わってはいないのだと悟る。
内心で、もう1人の自分が自嘲気味に呟く。
こんな行為、虚しいだけだ。何一つ満たされやしてない。いくら自分で慰めても、やっぱり物足りない。
「ブルース…」
漏れる声。いない筈の人の名を口にしてさらに悲しみが増す。
ドアが開く音がした。
今まで俯いていた顔を上げ、音のした方へと振り向く。
そこには――
「ただいま、ジョン」
光をバックにして現れたのは、蝙蝠に模した戦闘服を身に纏い、傷だらけでボロボロに成り果てた男の姿。しかし、マスクをしていないその顔は――疲労の色が濃いというのに心配させまいと考えているのか、半分無理に笑顔を作っている。
その表情は見ていると、安心感を覚える一方、不思議と切なくなる。
彼が帰ってきた。
溜め込んでいた感情の箍が一気に爆発し、クレインはブルースに飛び付いた。戦いの後の、血と汗の匂いがする。ごつごつとした黒い背に腕を回す。離すまいと、でも傷が痛まない程度に強く抱いて、キスをする。
「おかえり、ブルース――」
END