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【同人誌】Balleremo?【サンプル】

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「……呼ばなくても来るやつもいたか」
 足音がする、近づいてくる、猫の軽い足音じゃない、人の走ってくる音。
 低木の間を掻き分けて、制服の女子高生が現れた。
「お早うございます、先生!」
 彼女は息せき切った様子で、笑いながら挨拶をしてくる。こちらはつい、苦笑が漏れる。
「お早うさん」
 彼は、腕時計を確認する。七時四十三分くらい。秒針は進む。
「しかし、早いな。まだ、始業には大分時間があるぞ」
 それでもまだ、彼女が教室にも向かっていないのは明白だった。登校してきて、そのまままっすぐ、この森までやって来たんだろう。鞄とヴァイオリンケースを抱えたままだ。
 すると彼女は、得意げに胸を張って見せた。
「当然じゃないですか! 優等生ですもの」
「どこが優等生だよ、どこが」
 つい、その額を小突くと、痛いです、と言いながらも、彼女は嬉しげな様子だ。
 ――まあ、不毛だよな、と。
 冷静な脳裡が考えた。
 しかし、これが彼と彼女の選択だ。
(いや、選ばせたのは俺かも知れないな)
 この道しかなかった、と言えばそれまでだ。
 こんなに朝早く、猫以外に誰もいない場所で、こっそりと、でも見つかっても言い訳のつく形で。
 ――やっぱり、不毛か。
 それでもやっぱり、これしかない、と彼は考えているし、たぶん、彼女も同じだ。



***********(中略)**************************


 見るつもりはなくても、食べて顔を上げれば、その姿が目についた。食事を始めても、自然と目の端にちらほらと入り込んでくる。
 そこで、加地がはっとして、カフェテリアの入り口を落ち着きなく見やったのを、たまたま見つけた。金澤も釣られて思わず、彼と同じ方へ目をやっていた。
 そこを入ってきた女子生徒、ブラウンのジャケットに赤いタイ、普通科の二年生。加地のクラスメイトで、どうやら隣の席らしいと聞いた。
(日野か)
 普通科ながらも、ヴァイオリンを弾く生徒。
 今年の春から初夏まで開かれた、学内音楽コンクール出場者の一人だった。
 魔法のヴァイオリンを弾いた彼女も、今となってはごく普通の一般的なヴァイオリンを愛器としている。まだまだ未熟さが目立つものの、その演奏は人の心に残ると評判――らしい。少々感情的な演奏をする奏者だ。
 ふ、と。
 目が合った、と思った。
 彼女――日野の口の端と目許が、笑みの形になった、と見えた。その途端、
「日野さん!」
 金澤の代わりのように、彼女を呼ぶ声が上がった。さほど大きな声ではなかったが、金澤の耳にも、おそらく彼女の耳にもはっきり届いた。
 日野はその声の主に気づいて、一瞬迷ったような足取りになったが、すぐにそちらに近づいて行った。金澤の斜め前方、そこには加地がいる。彼が呼んだのだ。
「ここ、空いているんだ。一緒に食べない?」
 気軽に声をかけている。その声が、弾んで聞こえる。
「それって、うちらもお邪魔して大丈夫?」
 日野の後ろについて来ていた女子生徒――天羽が、申し訳なさそうに割って入るも、加地は笑顔のまま、もちろんだよ、と応じた。さらにその後ろには、気圧され気味だとしか思えない土浦がついて来ていた。意外な組み合わせ、な気がする。
「あれ、土浦も一緒なんだ?」
「こいつに無理矢理引っ張って来られてな」
「無理矢理って何さー」
 天羽は土浦の返答に、不満げな声を上げる。その隣で、日野は声を立てて笑っている。
「とりあえず、みんな座ったら?」
 そう言う加地も、先程、一度腰掛けたのを、日野を見つけた途端に、立ち上がったようだったが。
 四人は揃って、男子と女子で向かい合わせになる形で座った。
 そんな様子を、傍からただ眺めているだけだと、青春だねえ、と思うのだが。
(ああいうのは、今じゃなかなかできんな)
 とも考える。
 この年齢じゃ、同じ世代の人間とも、ああいうのはなかなかない気がする。職場の人間同士も、いちいち誘い合わせて食事をすることなど、ほとんどない。
 若いと思う。羨ましいとは思っていないはずだが、羨望に近いものが心に浮かんでいる気もする。矛盾してるな、と自分に呆れる。
 そう、若いなあと思う。
 加地の、今の声で何となく気づいた。
(青春だよなあ)
 改めて思い、何だか息をつきたい気分になってきた。


***********(中略)**************************


「……げ」
 思わず、一声だけ漏れる。
 今日は文化祭で、土曜だろうが日曜だろうが祝日だろうが、休日出勤である。だから、本来は休みだっただろ、ってことではないだろうが……
(だるいぞ……)
 体も頭も重い。それに、こうしてじっと布団の中にいても、寒気がする。
 どう考えても、風邪をひいたとしか思えない。
(何で今日という日に……)
 文化祭の初日だ。それにどうしても出なければ、なんてことはないのかも知れないが、教師が文化祭に全く参加しないなんてことは、あまりない。存外、生徒以外の人間も忙しいものなのだ。
「……やっちまったなあ」
 風邪をひく要素など、全く思いつかない。
(まあ、でも……ひくときはひくか)
 どれほど気をつけていたとしても――特別には気をつけていなかったが――、どうしようもないことはある。
 とにかく、この状態で出勤するのは無理だ。
 携帯電話は、ベッドの傍らに置いてある、学院へ連絡するのは簡単だ。ただ、他の教員に申し訳ない気持ちはある。
 不幸なことに、掛かり付けの病院は休みだ。とりあえず市販薬でも飲んで、一日安静に過ごすことだろう。
(せめて明日は、出勤できるようにしなきゃな)
 文化祭なんて、面倒なことだ。体調不良なんて、都合のいい言い訳が降ってきたのだから、これ幸いと二日間とも休んでみてもいい――と思うものの、そうも行かない。
(明日は、アンサンブル演奏があるんだもんな)
 せめてそれだけは、聴いてやりたい。ちゃんと、見てやりたい。と、思う。
 携帯電話を手に、もう少し経ったら電話して謝罪しよう。そう考える傍らに、
(あーやだやだ)
 なんて、また思う。
 カッコ悪い大人だ、どうしようもない。
 しかし振り返ってみても、大人としてちゃんとした姿なんぞ、見せたことはない。
(だったら、気にすることじゃないってことだな……)
 そうだ、たぶん、そうだ。

***********(以下略)**************************