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ホワイトネクロフォビア

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まっしろだ と、隣の男が言った。ただ冷たいだけの温度の中でも、溶けてしまいそうなほど小さな声だった。
その隣に並ぶ男が、ああしろいな、と答える。すかさずまた隣の男から返ってきた、雪ってこんなにしろかったんだなあ、とため息にも似た感嘆の声が、しずかにふわりとしろくとけた。

ロイドとゼロス、二人は旅をしている。明確な、だけど少年が描く夢のような茫洋とした目的を抱いて、世界中を飛び回っている。何度か離れたり、また旅に出たりを繰り返しながら、ひとつひとつ年を重ねていく。そんなあるとき、ゼロスが言った。「雪のある景色がみたい」と。そのときのゼロスの顔には、ふと思いついたような、怯えるこどものような、けれど確かな決意を携えていた。
見慣れた町が見えるまであとどれくらいなのだろう。青いだけの空は白いだけの地面を輝かせている。照り返すするどい陽光に目を細めて、ただ歩を進める。皮膚と肺を刺すような痛みは、いつしか痺れてわからなくなってしまった。色のない景色を見回してみても、やはり何もない。まだ誰も描いていないカンバスに、二人だけがあざやかな色を散らしている。澄んだ青い空、遠くに淡くそびえる山脈と、ぎゅっ、ぎゅっ、と雪を踏む足音がふたつ、ただそれだけ。ただそれだけで、世界がまるでふたりだけのような錯覚さえした。
見失ってしまわないように。このまま、銀世界に溶けてしまわないように、二人の距離は自然と詰まっていた。前を歩く少年と、後ろに続く青年。そして時折自然と目があって、紅潮した頬をお互いに笑いあう。白い世界に場違いな色を振りまきながら闊歩する。新しい足跡と変わらない足跡がふたつずつ。

「凍死するかも」
「するわけないだろ」

歩き始めて、どのくらい時間がたったのかはわからない。終始喋ることのなかったゼロスが、口を開いた。ロイドは間髪いれずに、振り返らぬまま応える。一見ぶっきらぼうに見えるその応酬は、何より繋いでいる手のあたたかさに表れていた。
一言発して、一呼吸おいたのちにゼロスは大きく背伸びをした。心の器の、底の底の方にわだかまってものを吐き出すように、長く深い息を吐いて、霜で張り付いた前髪を払いのける。目を閉じて、開いて、目の前の景色を見据える。
ゼロスは、驚いていた。記憶の中の雪はこんなに白くなかった、こんなに輝いていなかった、こんなに美しくてあたたかくは、なかった。旅に出てからも反射的に避けてしまっていた、目の前の景色から想起されるものが、赤ではなく白だということに、ゼロスは驚いていた。脳裏を掠める女にごめんなさいとも、ゆるしてとも、もう思わなかった。そうして、呟いたのだ。まっしろだ、と。その一言で、過去が過去になったことを反芻する。そして、ああしろいな、と応えた目の前の、すっかり大人になってしまった少年の背中を眺めていた。
一切の自責を切り離した心は、純粋な心地よさだけを感じている。ずっとこのままでいられたらいいのに。ゼロスはただ、そんなことを考えながら歩く。そうして、ロイドがふりむいて抱きしめてくれたらいいのに。そんな下心が何度も沸いては沈めてを繰り返す。その度に緩む口元を隠そうとして、あくびのふりをして空を仰いだ。
ロイドは、何もしゃべらない。ひたすら前を見据えて、そんなゼロスをおかまいなしにずんずんと進んでいく。たまに振り向きながら、それでも先へ進んでいくばかり。
それに少しだけ残念に思いながら、その後ろをついていく。

「ねーねー寒すぎてしんじゃうかもー」

よもや駄々にも似たゼロスの声に、ロイドは2、3回瞬きしただけで答えなかった。そのまましばらく進んで、急に立ち止まった。そして、

「え、ちょっ―――」

倒れた。厚みのある雪の上に、背中から。次いで繋いでいたゼロスの手を引いて、もつれこませて、赤い髪がふわりと散った。くつくつと笑いながらその髪を掬い、そのまま胸元に飛び込んできたゼロスを抱きよせる。
突然の抱擁、突然の重力、突然の温度。視界がぐるりと回って状況が理解できないまま、今度はゼロスが2、3回瞬きをするだけだった。

「なあ、しぬなんていうなよ、ゼロス」
「いや、え、そりゃ冗談にきまってるでしょうよ、」
「どこにもいくなよ、信じてるから」

わざと少しトーンを落とした声が、ゼロスの耳元に燻る。それは、昔ゼロスが少年をからかうときによくやっていたやり口そのものだった。信じてるから。その甘美な響きに心臓をうばわれて、ゼロスは言いかけた言葉をゆっくりと呑む。そのまま訪れる静寂のなかで、ロイドの穏やかな吐息とゼロスの穏やかでない鼓動が響いている。ゼロスは紡ぐ言葉の見つからないまま、ロイドの腕の中に身も心もとらわれていた。
唐突に、ロイドが破顔する。見慣れた少年のような笑顔。まだ余韻から戻れないゼロスに、おまえはほんとうにわかりやすいよなあ、とロイドが頭をわしゃわしゃとかきまわす。そうしてゼロスが自分の下心など見透かされていたのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
ゼロスは、ふと思い至る。頭からつま先までじわりと満たされるあたたかさ、それでも湧き上がる熱のような思い。その中で、積年の積もり積もった雪のような感情は、文字通り溶けてしまったのだと。

「おまえがさ、何を思ってここにきたのか俺にはわかんねえよ。だから、こんなことしかしてやれないけど」
「…おうよ、」
「俺は、せめてお前が抱えてるものは全部わかってからしにたいよ」
「ろいど、」
「だからさあゼロス、まだしぬなんて言うなよ」

咎めるように、懇願するように、そのまま接吻が落とされる。短いのと、長いのと、深いのと、浅いのと。まるでめちゃくちゃで、それでいてこわれものを扱うような接吻だった。ゼロスはああ、でも本当にこのまましんでしまってもいいな、と心の片隅で思う。すっかり力の抜け切った腕を、思い切りロイドの首に回す。少年の肌はどこに触れても熱を持っていた。伝播しあう熱が接地点で中和して、ふたりの境界はぼやけていく。消え入るように最後に放たれた声は、はたしてどちらのものだったのか。

「あいしてるよ」







作品名:ホワイトネクロフォビア 作家名:えの