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消えゆくように、

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 とうめい、だった。
 乱雑に乾かされた彼の髪に手を伸ばして、ゆうるりと指を絡める。くる、くる、くるり。痛んだそれはきしきしと鳴いて、柔らかく指の腹を刺激する。とうめい。きれい。透けて、日光を一心に集めて反射するそれは、あんまりにも綺麗だった。きらきらと煌めいて、まるで飴細工のよう。お揃いのシャンプーの甘い匂いが、余計にそれを感じさせた(同じ匂いの筈なのに彼のは何故か甘ったるく感じる不思議)。とうめい、だね。俺はもう一度そう呟いた。
 すると彼はひょっとこちらを向く。む、と眉根を寄せて、なにが。とだけぶっきらぼうに問うた。その不機嫌そうな声色。俺は不規則にうねるそれを眺めて、指先でくるんと回した。なにって、髪の毛。髪の毛?うん、とうめい、だな、て。そりゃな、脱色しているし。うん、きれい。綺麗?うん、とうめいできらきらしていてきれいだ。綺麗、ねえ。彼はほんのすこしだけ苦笑する素振りを見せた。ふわりと、彼の纏う雰囲気が変わる。脱色剤の独特の匂いが、やたらに鼻に付いたような錯覚を覚えた。
 太陽になりたい。と、一瞬、阿呆らしいことを考えた。そうすれば、彼の髪の毛をきらきらさせられる。それはあんまりなしあわせだ。窓の外から零れるさらさらとした日の光に、かろく嫉妬さえ覚える。僅かに悔しくなったので、彼の髪の毛を一本、素早く抜き取った。ぷち、ん。いっ。と、彼はちいさくこえを上げたが、それは大した問題ではない。なんてきれいな、脆そうな繊維。じいと見つめていると、まるでそれが本物の光のように思えた。羨ましい。彼は光を纏っているのだ。
 だからサングラスをかけているの?疑問は案外にするりと唇を越えた。唐突な質問に、彼はその相貌をまんまるうく、おっきくさせた。訝しげな表情。彼はちいさく、は?とだけ呟いた。眩しいから、ね。眩しいから?きんぱつが眩しいから、サングラスをかけているの?彼は直ぐに面食らって、両の目を更にまんまるうくおっきくさせた。今はかけていなくても平気なの?あの、なあ。彼は眉尻をちょぴっとだけ下げて、呆れたような、笑いたいような、泣きたいような、そんな複雑な表情をした。シズちゃんは、光を纏って居るでしょう。な、に?
「シズちゃんは、光を纏って居る。それは羨ましくてきれいだけれども、些かふあんだ。アスファルトに染み込む、床に溶ける、夜に紛れる。光は脆く、儚く、消えやすい。だから、だから何時の間にか、するりと指の隙間から漏れ出てしまって居るような気がしてならないんだよ。ねえ、ねえ、ねえ、ねえねえねえ、そんなの、いや」
 だ。そう続こうと思っていたのだけれど、それは希望通りにはいかなかった。ぽすん。かろく抱き締められて、頭部がすっぽりと腕に収まってしまったからだ。うわあ、きんぱつが近い。ふわ、ふわ、ふわん。香る柔軟剤や煙草や脱色剤やシャンプーや。それらは混ざりて鼻腔をくすぐってゆく。彼は、その骨張ったおっきな手や指で、俺の髪の毛をするすると撫ぜる。そうされれば、俺は、彼のもののように美しくはない己のそれを恥じるようなきぶんになった。彼は、何事かを考えあぐねて居るようだった。ぽおん。ぽおん。上下する掌の、僅かばかりの衝撃。その心地好い律動と彼の香りに呑まれて、俺はほんのちょぴっと、眠たいようなきぶんになった。
 消えねえから。彼の低い、しっとりとした、けれどもすこし掠れているこえ。それが鼓膜をざりざりと引っ掻いて、居た堪れなくなる。なんだろう。なんだか、無性に、泣きたいきぶんだよ。涙腺を、ぐぐ、と指で圧迫されているようだ。鼻の奥がつうんとした。消えたり、しな、い?消えねえよ、消えたりなんかしねえ。嘘吐きはだめだよ。嘘じゃねえよ。彼のこえは、一字一句、脳味噌をぐらぐらと揺さぶり、どうしようもない、やるせない、それでも幸福なきぶんにさせる。実のところ、俺には彼の言葉が真実であろうが虚偽であろうが、そんなこと、どうだって良かった。言葉なんて所詮、後から付いてくるものでしょう。彼が今この瞬間に傍に居てくれていれば良くて、そんな瞬間がずうっと続けば良いだけの話だ。だけれども、そんな彼の言葉は、やはり俺をしあわせにさせる。
 彼のきんぱつは、それでも、脆弱に光を灯していたのだけれど。

(それがまたふあんの要素になるのだ。)
作品名:消えゆくように、 作家名:うるち米