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蝶よ、華よ

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生きるという事はかくも辛辣な雨のように我が身を打つものだろうか
幼い瞳はこの身ひとつでなんでもできると天を仰いでいた
なんとも狭い空だった
両の腕をうえに掲げた子どもはその脚にはまる枷など見えていない





『蝶よ、華よ』





おとこは甘い香の匂いに酔う。
ここは吉原。
買われた華が蝶のように舞う、それはそれは美しい牢獄だ。
兎時、情事の色濃く残った床に灯りをともす為にエレンは花魁の部屋を訪ねた。

「おいらん、灯りを」
「入っていいわよ」
「房楊枝をお持ちしました」
「この人を起こしたら支度をするわ」
「湯を沸かしておきます、お見送りが済んだらどうぞ」
「ありがとうエレン」

二階を廻り、朝焼けに消えそうな程ひっそりと遊女に声をかける。
総ての部屋の灯りに油を足し、そっと火を付けると、エレンは休む間もなく湯を沸かした。
薪に火をくべて、竹筒を口に当て思い切り息を吐く。
客を見送る遊女がきぬぎぬの別れに眉を下げている姿を横目に見ながら、額を流れる汗を拭った。
あれは実に上等な演技だ。
そう知ったのはここに来てすぐの頃だった気もするし、つい最近であったような気もする。
エレンは愛らしい容姿を買われ、男児であるにも関わらず八つの時に女衒の男に手を引かれてここに来た。
それから数年、故郷に帰りたい一心で堅実に働く姿を楼主に見染められ、幼いながらも二階廻りの手伝いをしている。
当然仕事はひとつではない。
寝乱れた男女を横目に襖をそっと閉じたら、湯を沸かし、食事を運び、そのあと床の布団を片付けるのだ。
つまりエレンはその小さな体で雑用の一通りをこなしていた。

「湯加減はどうですか」

湯気を逃がす小さな窓に向かって声をかける。
丁度いいわ、もう少し熱くても良いわよ、数人の遊女の声が反響して返った。
遊女は客の横で熟睡できない。
おとこの体液を流したこの後、食事を済ませた遊女は昼見世の支度まで二度寝をする。
少しだけ薪を増やして、エレンは床の片付けに移った。

布団をしまい部屋の掃除を済ませたエレンは次に食事の支度を手伝っていた。
八百屋や魚屋の良く通る声を聞きながら野菜を洗い適当に切っていく。
台所を仕切るグンタは見た目は少々強面だがエレンの事をとても気にしてくれた。
食事をとる暇もないエレンが栄養失調で倒れずに働いていられるのはひとえにグンタのお陰だ。
エレンは次々出来上がった食事を椀に盛り、漆器の盆に乗せて台所の前で待っていた禿に持たせる。
食事を運ぶのは遊女それぞれについている禿だ。
部屋持ちでない遊女の食事は大部屋にまとめてエレンが運んでいる。

「エレン、おはよう」
「おはよう、ミカサ。今日も良い天気だな」
「そうね」
「はい、ペトラねえさんの分」

ミカサは同い年の少女だ。
昼三の姉女郎であるペトラの禿として十の時にこの楼に連れてこられた。
特に見目良く優秀であった彼女は引き込み禿と噂されている。

「アルミンは」
「少し時間があったから、ねえさんと文字の稽古をしてる」
「そうか…」

アルミンはエレンと同じ時にここに売られてきた同い年の少年だ。
見目が少女のように愛らしかった彼は、程良く育てて陰子にしてしまおうという楼主達の汚い話し合いにより、ミカサと同じ花魁の禿として稽古を重ねている。
書物を読むのが好きな彼は、いつもエレンに外の話をしてくれた。
懐かしき外の世界の、未だ見ぬ光景とは、果たしてアルミンが語る様に素晴らしいものなのだろうか。
この空はとても高く青いけれど、本当にどこまでも続いているのだろうか。
憧れと好奇心はこの牢獄のような場所でいつもエレンの生きる糧になった。
エレンはいつか、ミカサとアルミンと三人でここを出て、空がどれだけ高いのか自分たちの目で見たいと願っているのだ。
しかし子どもは知らないのだ。
この牢獄を出る術を。

午時、台所の掃除も終え、エレンは遊女たちに風呂を片付けることを伝えに二階へ上がった。
昼時の明るい部屋で遊女はそれぞれ自由に過ごしている。
文を書く者、歌をうたう者、談笑する者、うつらうつら夢を見ている者。

「湯をしまいます、よろしいですか」

一部屋一部屋まわり、最後訪れた花魁の部屋でエレンは今日初めてアルミンを見た。
その隣ではミカサが花魁に何やら書きものの稽古を受けているようだ。
視線だけちらりとこちらを向いたが、すぐに筆に意識を戻した。
綺麗な禿の着物を着た二人はまさに愛らしい少女だ。
こちらに気付いたアルミンが手にしていた書物を置いて小走りでエレンに駆け寄った。

「着物で走るなよ、アルミン」
「エレン、御苦労さま」
「もう誰も入ってないから、入るならさっさと入っちまえ」
「うん、わかった」

どんなに愛らしい子どもだとて彼は男児だ。
周知の事実ではあるが、入浴中に遊女のいいおもちゃにされてしまっては困るので、湯をしまう前に一人で入るよう楼主に言われている。

「エレンも一緒に入ろうか」
「ああ、仕事も一段落したし、そうしようかな」
「久し振りだね、ふふ」

嬉しそうに笑うアルミンとともに、花魁の部屋を後にした。
身体を流して、少しだけぬるくなった湯船に浸かる。
ふちに顎を乗せて、ふうと息を吐けば日頃の疲れが抜けていくようだ。
くすくすと隣でアルミンが微笑んでいた。

「僕、もうすぐ十三だから、いよいよお客を取るんだって。親父様が今朝仰っていたよ」
「…え、おいらんは、なんて」
「まだ早いって。でもねえさんがなんと言っても、親父様の決めごとは絶対だから」
「……………」
「そんな顔をしないでエレン。まだいつとはっきり決まった訳じゃないんだ。でもミカサと違って僕は男子だから…陰子は水揚げも務め上げも早いからね」

友の身体に薄汚れた男の手が触れるのか、そう思っただけでエレンの握った拳は震えた。
優しい目の前の少年を救う術もあらがう力もないと言うのに、恨み辛みだけが口から飛び出そうだった。
ここに売られただ飯を食っていれば、積み重なった借金を返済する為にいつか客をとる。痛いほど解りやすい仕組みだ。
その為に、歌に舞い、読み書きに遊び、毎日あらゆる稽古にいそしんでいる。

「初めてはエレンが良いなあ」
「なに言ってんだよ」
「陰子としてじゃなくて、おとことして」
「アルミン…」
「冗談、ごめんね。もう上がろう、のぼせそうだ」

少し淋しそうに笑うアルミンの背に湯をかけながら、出会ったころの彼はもう少し丸い体つきをしていた気がすると、エレンはふと思い出した。
徐々に男になっていく友の白い背中に額を押し付けて、自分の性を自覚しながら同性に身体を許す恐怖と屈辱はいくばくかと胸を痛めた。
静かに振り向いたアルミンはふわりとエレンの頬を撫で、ふたりはまた忙しなく香る甘い匂いの牢獄に帰って行く。



―――
作品名:蝶よ、華よ 作家名:autumn