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まばゆい深海によせる

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「やっぱいた」
 柱の陰に隠れてうぐうぐ泣きじゃくる雷市を、横から見下ろしながら、栄純はふっと笑った。すとんと隣りに腰を下ろす。
 勝者か敗者か――これはそれぞれの視点でそれぞれなのだが――の違いはあれど、今互いの心境が一番理解しあえるもの同士だと栄純は思っている。少し首を傾けて、上を見上げた。見えるのはコンクリートの天井部分だけだ。ふ、と息を零す。
「ほんっと、俺ら今日、情けなかったもんなあ」
「……っぐ」
 気負って自滅して、結局チームの役に立てずに。そう言えば雷市は顔を腕に押し付けた。そのまだ細いと言って語弊のない肩を栄純はつと眺め、それから静かに彼の方に向き直った。
「なあ、約束しようぜ」
「……、」
 獣のような眼が半分だけ栄純に向けられる。涙でぐしゃぐしゃな三白眼が、栄純の、黒飴のような目と合った。熱を持った、真っ直ぐな眼と。
「やく、そく」
 鼻声で呟かれた言葉に頷いて、栄純は言った。
「そう。――また戦おう。来年の春も夏も、その次も。ずっと――ずっと、ここで、戦おう」
 ここで――野球と言う、この戦場で。
 来年も再来年も――ずっと。
 すっと差し出された栄純の手を、雷市は無防備に、涙で濡れた眼で見つめた。ゆっくりと組んでいた腕を解いて――それからはちり、と瞬く。つんと伸びたまつげの先から雫が散るのが解った。
 しばらくその手を見下ろして、それから雷市はゆるりと顔を上げて栄純を見上げた。それに答えるように、彼は笑う。木漏れ日のような笑顔。
「――また、らいねん、も、」
 ころりと小石が転がるような軽さで零れ落ちたその言葉は、栄純と雷市の間にはっきりとした音を立てて落ちた。波紋すら立てずにすうっと二人の中に沈む。また。また、来年。
「そうだ。――次は、俺が、勝から」
 に、と口の端を上げた栄純に、雷市の眼の奥ではっと一瞬光が翻った。ついで徐々にその幼い面を満たす、むき出しの闘争心。まだ濡れた眼で、雷市も笑った。
「へっ――言ってろ。また絶対打ってやる」
 そう言って、差し出されていたその左手をがっと握る。硬い掌。栄純は一瞬驚いたようだったが、負けずに握り返した。
「また、ここで」
「ああ。また、絶対」
 それぞれ、子供臭さの残る顔には不釣合いな、けれど決して不似合いではい強い光を宿した黒瞳を合わせて、に、と笑った。鮮烈で揺るぎのない――まるで、太陽の、ような。
「んじゃ、戻ろうぜ。――お前にも俺にも、待っててくれる仲間がいるんだから、さ」
 ぐし、と雷市のその跡の残る目元を擦って、栄純は朗らかに言った。繋いだ手をそのままに、二人は立ち上がる。
「行くぞ。――降谷、お前もな」
「っ、」
 ひとつ離れた柱の影に隠れていた降谷は、一瞬肩を揺らし、何故ばれたんだろうと思いながら柱からその長身を覗かせた。呆れたような栄純の微笑を見て、不快にさせたわけではないらしいと安堵しとてとてと二人の側へ寄る。そうして栄純の空いている方の手をきゅうと握った。……それにちょっとだけ眉を寄せた雷市は、綺麗に黙殺しておく。
「ん、じゃ、帰るか!」
 栄純が一歩踏み出す。明るい陽光が燦々と降り注ぐそこは、顔を上げれば青空が広がっている。









まばゆい深海によせる
 
作品名:まばゆい深海によせる 作家名:上 沙