Happy Easter
「おーいちびたち!お兄さんが遊びに来ましたよーっと」
さくさく、春の薄い、それでもしっかりと地面に根付いたみどりいろの草を踏みしめながらフランシスが、見慣れたログハウスに向けて声を張り上げた。こんなに天気がいいのに、いつものように庭にも近くの丘の上にも子供たちが遊んでいる気配がない。フランシスは仕方がなく、返事のない家のドアをがちゃりと開けた。
日の当らない廊下は、春独特の薄暗くしとりと湿ったにおいがする。家の中で遊んでいたんだろうと思ったフランシスの予想はこれまた外れて、家の中は今度は風に吹かれる木々の音も鳥も鳴かない、空気の流れさえ止まった完全な静寂に包まれていた。
「あ、あれ?昼寝中、とか?」
せっかく手土産に焼きたてのケーキもバスケットに入れて持ってきてあげたのに、いつものようにたとえそのお菓子目当てでも、出迎えもないと酷く寂しい気分になる。これで、子供たちが誰かにどこかにつれていかれた以外では最後の選択肢を持ってフランシスは、とんとん、と軽快な足音を立てて二階に上がり、寝室に向かっていく。がちゃり、ノブを捻って空間と空間をつなげると、廊下と違って南向き、日当たりのいい部屋からはさぁっと吹き込む、あたたかな光と窓からさらさら零れる風にようやく歓迎された。
そこにあるベッドの上、毛布もかぶらずちょこんと丸まるちいさなからだをふたつ見つけてフランシスは、やっぱり昼寝中だったのか。そう思いそろそろと近くに歩み寄る。それでも、古びたログハウスはきぃ、と踏み込んだフランシスの重みに悲鳴を上げた。
「…あ、あれ、フランシスさん?」
その物音に、もぞ、とちいさなまっしろいかたまりが小さく動いたその瞬間。くるりと長く柔らかな金糸の中から現れたすみれ色の瞳が、ぱちりと開いたままフランシスを映してぱちくりする。
「え?フランシス?あ、ほんとだ。」
先に気付いたマシューと同じく、ベッドの真ん中にマシューと頭を寄せて正反対に足を向けたアルフレッドも、うつ伏せてまるまったまま、ごもごとふわふわのからだを動かしてきょろり、多少無理な体勢に見えるそれでフランシスを見上げてきた。いらっしゃい。いらっしゃい、なんだぞ。尺取り虫がまるまったような体勢のまま、子供たちに出迎えのあいさつをされてもちょっと困る。
「え?お前たち、昼寝…じゃないな。何して遊んでるんだ?」
寝起きにしてはぐずりもしないし機嫌もよさそうな子供たちに、フランシスは首をかしげるばっかりだ。眠ったり、家の中で大人しく遊ぶのが大好きなマシューならまだしも、普段あれだけ暴れ回っても体力が有り余っているアルフレッドが、こんな昼間に眠たくもないのにベッドの上にいる(しかも飛び跳ねもしない!)なんて短くもない子育て歴でも珍しすぎる。
なにって。ねー。ねー!
くふくふ、フランシスの問いに子供たちは、そっくりな顔をシーツに半分くっつけたまま、顔を見合わせて楽しそうに笑っている。もしょもしょ、一向にこたえてくれない子供たちは、時々体勢を変えるように、やけに慎重にシーツの上で身じろぎする。そのたびに、きんいろのさらさらした髪の毛が太陽の光でちらちら光って美しい。
「なぁにー、お兄さんは仲間外れ?教えてよ。ね、教えてくれないと、おみやげのケーキなしにしちゃうよ?」
「えっ!?」
「いやなんだぞ!!」
フランシスのそんな大人げないひとことに、がば、っと勢いよく腕をつき、頭を上げて起きあがったアルフレッドの胸元から、ころん。シーツの上になにか、おちたしろくてまるいもの。それはちいさな子供たちの両てのひらに、ちょうどよくおさまる大きさだった。
「………たまご?」
あ、アル!慌てたようなマシューの声に、うわっと声を荒げてまたベッドの上にぺしょっと蹲るアルフレッド。だめじゃないか、ちゃんとずっとあっためてないと、うまれないんだから。ちょ、ちょっとだけじゃないか!だいじょうぶなんだぞ、おれのこだから、きっとすっごくじょうぶなんだぞ。子供たちの会話に、なんとなく、なんとなくいろいろこの遊びの内容を察してフランシスは神妙な顔をしてぽりぽりと頭を掻く。
「お前ら、どこでそんなこと覚えてきたんだ?」
子供向けの子供だましの絵本でも読んだか、近くの村に住む大人にイースターを教わるついでに冗談でも吹き込まれたか。そんなところだろうとは思ったけれど、フランシスはあまり良い気はしなかった。
ふえ?フランシスの唐突な問いかけに、きょとんと呆けた子供たちは、二人で目くばせをした後、声をそろえて元気よく答えた。アーサー(さん)が、と。
アーサー?ぴくりと思わず眉根を寄せたフランシスに、気付かず子供たちは頷くように美しい顔を、シーツにうずめたままにこりと笑う。
「にわとりごやでひよこがうまれて、にわとりのあかちゃんだってアーサーにおしえてもらったんだ。ふわふわであったかくて、すっごくかわいかったから、おれも、あかちゃんうみたいんだぞっていったら、たまごをずっと、すきなひとのことをかんがえながらあっためたらうまれるかもしれないなってアーサーが!」
「あ、でも、ぼくたちどれぐらいあっためてたらうまれるか、きくのわすれちゃったんです。フランシスさん、あとどれぐらいでぼくのあかちゃん、うまれるの?ぼく、もうみっかもフランシスさんのことかんがえてるんです。フランシスさんとのあかちゃん、はやくほしいです!」
「おれは、おれとアーサーのあかちゃんがはやくほしいんだぞ!!」
くふくふ、くふり。しあわせそうに、あたたかなまっしろいベッドの上に蹲る可愛い子供たち。なにを、いってるんだ。何も知らない彼らに、もう一人の保護者は、なんてことを?
(だって、まっかな嘘だ、そんなこと。こどもたちに信じ込ませても、誰もなんの得も、しない。素直にだまされたこどもたちは、いつまでたっても孵らない自分のたまごを、なんて思うか。彼なら、簡単に分かるはずだ。分からないはずが。)
「ねぇフランシス、アーサーが、おれたちはまだちいさいからにわとりからたまごをもらったけど、おとなになったらちゃんと、じぶんであかちゃんうめるようになるんだぞっておしえてくれたんだ。そうしたら、おれはアーサーと、マシューはフランシスと、ちゃんとほんとうの、かぞくになれるんだろう?」
怖気が走って、表情に出るのが押さえきれないほど気持ちがわるく、なった。ケーキの入ったバスケットを持つ腕ががくがくと震え始めたフランシスを横目に、こどもたちは胸元であたため守るただの鶏卵に、とろりと今にもとけだしそうな、見たこともない慈愛の眼差しを向けて笑っていた。
(おまえたち、はやくおおきくなってあかちゃんをうんで、おれたちとほんとうのかぞくに、なってくれよな?)
〈fin〉
作品名:Happy Easter 作家名:藤原昂