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たままはなま
たままはなま
novelistID. 47362
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The Riddle

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The Riddle



整えた身支度を鏡で確認し、私は厨房へ向かう。
使用人たちに一日の仕事の指示を出し、
当主である坊っちゃんの起床に備え、
目覚めの紅茶と朝食の支度をするのだ。
まずは紅茶の銘柄を選び、紅茶に合うティーセットを選んで、朝食を作り、
用意が出来ればワゴンに載せて、坊っちゃんの部屋へと運ぶ。
こうして、また新しい一日が始まる。

坊っちゃんの執事として生活し始めて、退屈と無縁になった。
この屋敷では日々、何事かが起こる。
家女中がせっかくのお客様用の食器を粉砕させ、
料理人は厨房を吹き飛ばし、
庭師が庭を荒野と化すのなどは日常茶飯事。
怪しげな貿易商は義妹を連れて前触れもなくアフタヌーンティーの頃に現れ、
さも当然とばかりにテーブルに着く。
侯爵家の貴婦人たる坊ちゃんの婚約者の少女も、
唐突に訪れては、想定外の行動で坊っちゃんや屋敷の者を振り回す。
警察の最高責任者が“鼠取り”の依頼に現れ、
女王からは“憂いの手紙”が届き、
坊っちゃんは“裏社会の秩序”としての仕事に駆り出される。
時には、人間界で遭遇するのは稀な筈の死神とも対峙を繰り返す。
私は坊っちゃんの傍らで“人”らしく、
そして名門貴族の執事らしく振舞ってみせつつ、
契約に従い、小さな主を護る盾となり剣となって闘う。
こんな面白さを味わわせてくれる契約者は初めてだった。
見た目には幼さを残す少年伯爵だが、
私でさえ感服する時があるくらい、
身の内に隠した計算高さ、狡猾さは既に老練の域だ。

微塵も躊躇うこと無く、奈落への道を真っ直ぐに歩んでいるのだとは、
坊っちゃん自身と私以外には知る者はいない。
死神達は、知っていても関与したりはしてこない。
“人”の死の審査をするのが彼らの勤めであるから。
悪魔である私と契約を交わした坊っちゃんは、
既に彼らの審査の対象外なのだ。
何故なら、その魂が天の門を潜る事はないから。
時を掛け、より芳醇になっていく魂。
こんなにも上質な魂を持つ主は滅多にいない。
受け取る時には、きっと滴るほどに美味になっている事だろう。
執事の真似事までして手にする時を待っているこの魂を、
他の誰かに触れさせることなど絶対に有り得ない。
神の所に行く事を拒否した坊っちゃんの魂は、私だけのものなのだった。

サラサラとした髪を指に絡め、
淡い薔薇色の唇を食み、
陶器の様に滑らかな肌を撫で上げ、
零れる吐息を一つ残らず耳で拾って、
潤んで揺れる瞳を見詰め、
桜貝色の爪の先まで味わって、
陶酔を分け合う時間を幾度も過ごしてきた。
その身体で私のものでない所など無いと言い切れる。
それなのに・・・。
例えば怪しげな貿易商が、
例えば婚約者の侯爵令嬢が、
坊っちゃんの身に触れるのを目にする度、
どこかチリチリとした思いに駆られてしまう。
こんな感覚は私の知らないものだ。

何かが足りない気がしてならない。
その身も魂も余す所なく私のものだというのに、
欠けているものがある気がするのは何故なのだろう。
身体など魂の器に過ぎない筈なのに、
私以外の誰かが触るのを見るのを不快とする事と関係があるのか。
確かに、悪魔は独占欲が強い。
自分の獲物に他者が関与しようとするのを嫌う。
しかし、それは奪おうとされる場合の事だ。
“人”である者には決して奪われはしないのに。
坊っちゃんに対して私がこんなにも執着するのは、
ほんの瞬きほどの間でも退屈から解き放ち、
享楽を提供してくれる存在であり、
非常に希少な極上の魂を持っているからだけなのだろうか。
契約者に対して執着する理由などと、
かつて考えた事もないような事を、私は考えている。
坊っちゃんは、本当に私を飽きさせる事がない。

坊っちゃんの寝室のドアをノックする。
返事が無い事は想定内だった。
執事として一応は声を掛けてドアを開ける。
案の定、坊っちゃんはまだ眠ったままだ。
昨夜は少々遅い時間までお付き合い頂いたのだ。
まだお子様の坊っちゃんには無理もない。
目覚めの紅茶と朝食を用意したワゴンを押して中に入っていく。
「坊っちゃん、お目覚めの時間ですよ。」
厚いカーテンを全て開けて、朝の陽光で部屋を満たす。
坊っちゃんは眩しげに瞼を瞬くと、伸びをして体を起こした。
「今朝はダージリンか。」
まだ気だるげな声で言う。
「はい。今朝はフォートナムズのものをご用意しました。」
手渡したカップから立ち上る香気を嗅いで、一口飲み込む。
「まあまあだな。」
気難し屋で名高い少年伯爵らしいもの言い。
けれど、ほんの数時間前に同じ口から出た別の声色を思い出し、
私はこっそりと口角を上げる。
「何だ。何を笑っている?」
坊っちゃんは流石に目ざとかった。
「いいえ。何でもございません。」
にっこりとして答え、今日の予定を告げながら、
私はまたしても坊っちゃんへの執着の理由という、
今までにない不可解な思考に捕らわれているのだった。



END
作品名:The Riddle 作家名:たままはなま