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たままはなま
たままはなま
novelistID. 47362
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わーるど いず まいん

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わーるど いず まいん

このところ、仕事が立て込んでいて外出が多く、疲れが溜まっていた。
やっと一息つける今日、なぜか朝から落ち着かない。
気持ちのやり場に困って、ソファーに身を沈めて本を読んでみるが、
一向に頭に入って来ない。

何をしても上の空で、自分を地上に繋ぎ止めて置けない。
ふわふわとした足元の不安定さが、気分も不安定にさせて、
屋敷の中に居場所を見つけられなくなった。
暖かくなり、花が競うように咲いている庭へ出てみる。

裏庭の奥、丁寧に土を整えられた一角は、庭師が丹精込めて、
ここだけは、必死で守っている場所。
大切な者達の為に、昨年咲かせた花から種を取り、
今年も、間もなく種を蒔く時期を迎えるのを控えているのだ。
他には、何の花もまともに咲かせることが出来ないのだが、
その花だけは、本当に見事に、大輪の花を咲かせた。
奇跡的な事だったと思う。
大体、当家では、枯らせるのが庭師、咲かせるのは執事。
庭師と言うのは、一体どういう職だったろうかと思う。
フッと、笑いが漏れた。
当家には、その職を全う出来る専門職の使用人はいない。
庭の手入れも執事、屋敷を整えるのも執事、料理も執事。
執事がいなければ、屋敷の日常は成り立たないという事実。
彼等の真価は、そんな所にはないので、別に期待などしていなかった。
しかし、執事の奮闘も虚しく、カタツムリが這うよりも遅い速度でしか進化しない。
僕が生きている間に、まともな、それらしい仕事が出来るようになるのか、
はっきり言って、甚だ疑問ではあるが、そのうちには、あるいは、
執事の指導が実を結ぶ時が無いとも言えないかもしれないだろう。

今は、柔らかそうな青々と茂る葉に彩られている一本の木は、
家令のタナカが、故郷から持参した桜の木。
もう少し暑さを感じるくらいの気温になれば、
この木の下は、僕のお気に入りの読書の場所になる。
薄手の葉の立てるさわさわという音を聞きながら、
風に吹かれての読書は気持ちが良く、そのままうたた寝する事もしばしばだ。
そして執事に見つかって、小言を言われるのだった。

裏口の辺りには、ハーブが何種類も植えられている。
料理や、スイーツに使うためのものが殆どだ。
それでも、花の季節が来れば、それぞれに順次、可憐な花を咲かせて、
小さな花なりに、目を楽しませる。
大輪の見事な花も好きだが、そんな、小さな花を見るのも好きだ。
しかし、僕は、ここにはあまり来ないようにしている。
ここは、僕の執事が、あろう事か、
主の僕よりも大事にしているらしい黒い毛並みの小動物との逢引きをする場所なのだ。
見ていないと思って、好き放題をしてくれる。
どうせ、僕を誤魔化すことなど出来はしないけれど。
僕は、その小動物に対してのアレルギーがあり、
奴が毛を付けて戻れば、敏感なセンサーが反応して、僕をくしゃみ地獄に突き落とす。
僕を出し抜こうなどというのが、おこがましいのだ。
何が気に入らないと言って、僕の執事の癖に、
僕よりも大事にするものがあるなどとは、言語道断ではないか。
いついかなる時も、執事が至上とするのは主でなければならないのだ。
全く、まだまだ執事の仕事を分かっていない奴だと思う。
お前の至上は、この僕でなければならないというのに。

不機嫌にまかせてずんずん歩くうち、薔薇園に来ていた。
とりどりの色彩で、折々に咲く薔薇。
小振りな花から、中輪、大輪まで、
執事が選んだ名花を、執事が自らの手だけを掛けて、育てている。
他の色味を含まない真っ白な薔薇のシリーズを咲かせているのは、
僕の執務室から、一番よく望めるところ。
執事が、執務室から見下ろす僕の目に最もよく見える所には、
僕が最も好む、真っ白な薔薇だけが見えるようにデザインしたのだ。
一季咲きのもの、四季咲きのものを取り混ぜて、
花を無くす冬以外は、常にどれかの白い薔薇を見ることが出来る。
悪魔が、知識を駆使して、繊細な配慮をする。
そういう努力は、買ってやる。
僕は、認めるべき努力を認めてやらないほど狭量ではないのだ。
フンと鼻を鳴らして、薔薇園の中のテーブルセットに腰を掛けた。

くすくすと零れる笑いを抑えられない。
気儘に、あちらの花、こちらの花と漂っていた私の美しい蝶は、
やっと羽を休める気になったようだ。
庭を、ふわりふわりと飛び回り、今は、薔薇の花にとまっている。
疲れているだろう蝶に、さて、紅茶を届けに行こうか。

美しい、私だけの蝶。
頬杖を付いて、ぼんやりとしているのは、疲れたからだろう。
ワゴンを静かに押して行き、声を掛けた。
「坊ちゃん、紅茶を召し上がりませんか?」
こちらを向く、澄み切った碧い瞳。
「今日のおやつは何だ?」
ぶっきらぼうな問い。
「シフォンケーキに、ホイップしたクリームと薔薇のジャムを添えてみました。」
気がなさそうにしているが、甘いものを欲している主。
口角が、上がる。
紅茶が蒸らしあがるまでに、蝶から、口移しで、ほんの少しだけ蜜を奪う。
「今日は、一段と甘いですね。」
至近距離で、囁く。
「さあ、自分の味など自覚出来ないからな。」
私の頬を捉える主の手のひらは、散策の為、体温が上がっている。
主は、ゆっくりと顔を寄せて来て、私にもう一度、蜜を与えた。
「甘いか?」
この蝶は、自ら私の懐に入り、私を捕まえてしまう
「ええ、とても。」
紅茶の為の砂時計の砂が落ち切るまで、何度も、彼は私の唇を堪能した。
その、甘い蜜を与えながら。


End