転がる
ため息を一つ漏らした。
買い物の付き添い、という名の荷物持ち。この日、日向に与えられた役割はそれだけだった。人を鍛えるのが大好きな腐れ縁の女と、何を考えているのかわからないボケ男が部活用の買い物をしているドラッグストアの外で、待ち呆けていた。
水分を取ろうと清涼飲料水をカバンから取り出す。以前からコンビニで見かけていたそれを買ったのは、ついさっきが初めてで、一口含んでは慣れない味に思わず顔をしかめた。
「あ、誠凜の」
馴染んだ単語と聞き慣れない声に、ペットボトルから視線を上げた。
そこにいたのは見覚えのある男が一人。一度は練習試合で対戦した、バスケットボールで全国大会出場チームのキャプテンを務めている相手。
「か、笠松さん!?」
日向は思わず持っていたペットボトルを落とした。ころころと転がって、笠松の足元へとたどり着く。
「んなに驚かなくてもいいだろうが」
「え、でも、ここ東京……ですよ」
「たまに出てくんだよ」
ペットボトルをひょいと拾い上げる笠松に、日向はお礼を言って受け取った。
「それ、うまいよな。俺も好きなんだけど、糖分高いからたまにしか飲まないようにしてんだよな」
今日は特別、とメッセンジャーバッグから出されたのは、飲みかけの同じ清涼飲料水だった。
ああ、何か勘違いされている。なんて思いながら日向は気まずそうに口を開く。
「あの、俺、これ飲むのは初めてで……」
「そうなのか?」
「あー……、期間限定のおまけがついてて、それを目当てにといいいますか」
高校生の男子がペットボトルのおまけなんて、と馬鹿らしく思いながらも、そのおまけが戦国武将の家紋ストラップとなれば馬鹿にでもなれた。
その馬鹿に何を言うのかと笠松の表情をうかがうと、ふいと視線が別の方向へ向いた。その笠松の視線は彼のバッグの中に向いていた。
「これか?」
取り出されたのは、ペットボトルにつける袋に入れられたままのおまけだった。
「そうですけど……」
「やるよ。興味ねぇし」
ついと差し出されたそれに目を見開き驚く。
「え、あ、いいんですか!?」
嬉しさのあまりにありがとうございますという言葉を部活時に出す声くらい張り上げて言ってしまい、笠松からは苦笑いをされた。
「本当にありがとうございます。何か、お礼とか……」
「気にすんな。どうせ捨てるところだったんだ」
「いや、でも……」
笠松にしてみれば大したことではないなのかもしれないが、日向にとっては飲み慣れない飲料を少しでも飲まずに済むならありがたいことだった。
ほんの少しの考える間を待つと、じゃあ、と笠松の手がにゅっと伸びてきた。驚いて思わず身を竦める。すると、頭をガシガシとこする力強い感覚に襲われた。
戸惑いながら笠松を見やると、笠松は日向の頭を楽しそうに触っていた。
「なんか、触ったら気持ち良さそうだったから、すっげー触ってみたかったんだよな」
思ってたよりやわらかい、なんていらぬ感想も聞きかされ、満足げな笠松の表情を真っ直ぐと見られなかった。
少しして満足したのか、笠松の手が離れたと思うと、雑な言葉で礼を言われる。日向はどう反応して良いか分らず、首を横に振るしかできなかった。
「じゃ、これから待ち合わせしてるし、そろそろ行くわ。怪我しないように練習しとけよ。次、当たったときは絶対に倒してやるから」
そう言って、手を振り去っていく笠松に日向は盛大なため息を吐いたあと、その場にしゃがみこんでしまう。
本来なら、負けませんと言い返すべきところだったはずなのに、といわゆる自己嫌悪を抱いてしまっていた。
そんなことよりも、あなたの髪の毛のほうが触ったら気持ち良さそうじゃないですか、なんて考えてしまった自分が恥ずかしく、日向はまたため息を重ねた。