振られる
『センパイ、……好きです』
不安に揺れながらも、熱の篭った瞳が真っ直ぐとこちらに向いていた。
部室で二人きりになったときからその直前まで、らしくもなく言い澱んでいた黄瀬にイライラしていた笠松は、刻んでいた眉間の皺を深くした。
それを見た黄瀬が、今にも泣きそうな表情になった。
『あ……その、気持ち悪いっスよね。スンマセン、忘れてください』
慌てて荷物を抱えて部屋を出て行った。
と、いうのが昨日起こった話で、一晩明けた今、笠松は夢だったのじゃないだろうかという考えに至る。歯を磨きに来た洗面台で、気づけば眉間にしわを寄せていた。
どういったつもりで黄瀬がそれを言ったのか笠松にはわからなかったが、黄瀬は確かに、先輩後輩関係を超えた何かを自分に求めていることだけは感じ取れていた。
「……先に言ってやるべきか」
口をゆすいで口の中を洗うと、その液体を吐き捨てた。
笠松は学校内で黄瀬を見つけると、ダッシュで距離を詰めて、逃げないようにしっかりと腕を巻き取ってから空き教室に連行した。
朝から黄瀬と接触を図っていたものの、見事に買わされたり、逃げられていたりした。そしてようやく、昼休みの終わる時間に捕獲できたのだ。
「お前、なんで今日、俺から逃げんの?」
「なんでって、それは……普通に考えてそうでしょう!」
途端に声を荒げた黄瀬だが、それでも先ほどからずっと、笠松を見ない。昨日のことか、と問えばさらに顔をそらして、悔しそうに下唇を噛んでいた。
さて、どこから話を切り出すか、と笠松は思案して、頭をかいた。
「あのさ、何を思い込んでるか知らねぇけど、別にお前に好きと言われて気持ち悪いと思わなかったんだが」
「え」
驚いたように顔を上げた黄瀬の目には涙が滲み、ゆれていた。
「じゃ、じゃあ……付き合ってくれるんスか!?」
ぱっと表情が明るくなる。ああ、やっぱりこいつに暗い顔は似合わねぇな、と笠松は思った。
真っ直ぐと見つめてくる黄瀬に短く息を吐いた。
「なに言ってやがんだ、無理に決まってんだろ」
「え?」
意味がわからない、といったようにぽかんとする黄瀬に思わず笑いそうになるのをこらえる。感情豊か、表情豊かな黄瀬を見ているのは面白い、なんて森山と話していたことを思い出した。
「え、なんでっすか。わざわざ呼びつけて気持ち悪くないなんて弁明したら、普通は『付き合おう』になるんじゃないんスか!?」
空気読んでくださいよ、なんて叫ぶ黄瀬だが、笠松にとっては無理な話だった。
「いや、普通なんて知るかよ。男に告白されんのなんて初めてだし、そもそも、てめーはいろんなもん好きだって言いまくってんじゃねぇか。その程度だろうが」
「ち、違うんス! センパイのことは……」
「どうでもいいって、そんなこと。お前をそういう対象としてみたこともなけりゃ、そもそも部活の後輩と恋人同士とか無理だろ」
「無理じゃないっス!」
余計な口論を始めてしまったと、笠松は後悔する。時計を見ると、もうすぐ五限目が始まるというのに、黄瀬の主張は止まらない。
「うるせーよ」
いい加減、黙れ。そういう意味をこめて、黄瀬の腹に蹴りを入れた。黄瀬は痛みで思わず奇声を発する。
「とりあえず、今日の部活で変な態度取ったらシバく」
「って、いつもシバいてるじゃないっすか!」
黄瀬の叫び声を無視して、笠松は教室を出るためドアを開けた。
「あー、もう! 良いです、絶対センパイからやっぱり付き合ってくれって言わせます!」
「へーへー、精々がんばれ。それで部活の手を抜いたらマジでシバくけどな」
センパイのバカ、なんて小学生みたいな罵倒を背に笠松は急いで教室に戻った。