ROSARIUM
ROSARIUM
四季咲きの薔薇が二期目の花を付けはじめました。
一期目の花が終わった後、充分な肥料を与え、
葉を落としてしまわないように細心の注意をして、花殻をこまめに摘み、
病気に掛からない様に予防をし、寄ってくる虫を駆除してきた甲斐があるというものです。
様々な薔薇を植え、育てていますが、この一角の薔薇は別格です。
ここは、丁度、坊っちゃんの執務室から見下ろせる位置にありますから、
仕事の間に窓辺からご覧になられた時に、
何時でも薔薇が咲いているのが目に入るようにしているのです。
坊っちゃんのお好みは、他の色味が混じらない真っ白な薔薇。
新種が作出されたと聞くと、いち早く取り寄せています。
先日、ドイツから取り寄せた薔薇をダメにされた時の私の落胆は、
けれど、ダメにした理由によって無かった事と致しました。
高芯丸弁咲きの、程よい花弁の重なりの純粋な白い薔薇は、
坊っちゃんにとてもお似合いになられると、
丹精込めて育てたものだったのですが、致し方ありません。
今はフランスから取り寄せた小振りな花が房状に咲く薔薇を植えています。
球状の花型が愛らしく目を楽しませ、芳しい香りは、
窓を開けていれば、坊っちゃんのお部屋にも風に乗って微かに届きます。
すっきりとしない英国のこの季節に、
少しでも坊っちゃんに気持ち良くお過ごし頂く為に選んだ花なのです。
フランスからは、他に、赤身を帯びた蕾が開くと、
純白のカップ咲きになる薔薇も取り寄せました。
葉が浅緑色であまり煩くならない樹形をしており、
低めに剪定して分枝させて、繰り返し返り咲きさせています。
豊かな甘い香りは、坊っちゃんのお部屋を飾るのにもとても良いのです。
色のある薔薇は、主に庭で楽しんだり、お部屋に飾る為に育てています。
英国作出のラヴェンダー色を帯びた桃色のカップ咲きの花は、
棘が少なく耐病性もあって扱いが楽です。
よく茂った明緑色の葉の上に形の良いカップ咲きの花が乗った様に咲きます。
夏でも花型が乱れる事がなく、強く香ります。
庭に設えた東屋の入り口には、紫に最も近い色の薔薇を、
生垣の様にトレリスに誘引しています。
濃い赤紫色の中心部に白を見せる花は花弁が多く見栄えがします。
少々病気になり易いのが難点ですが、高貴な風情が坊っちゃんにお似合いだと思うのです。
フランス作出のこの薔薇は、香りが微かですので、
坊っちゃんがお庭で紅茶を召し上がる時に香りが邪魔にならなくてよいのです。
薔薇園に変化を持たせる為に、春と秋では花色が異なるもの等も植えております。
春の花はアプリコット色に花弁の縁に濃い桃色がのり、
秋にはオレンジに近いアプリコット色になるのです。
花弁数が多く、弁縁が少し尖るように咲く姿は花の王らしく豪華で、
細めの葉の縁が少し赤く染まるのも趣があります。
あまり香りがし過ぎない程度に香りますから、
坊っちゃんの居間に飾ってもお茶の香りを楽しむのに気になりません。
あの夜会の日に坊っちゃんの帽子を飾った薔薇も、当然、私が育てたものでした。
透明感のある桃色で、咲き始めが花弁を抱える様に咲く深いカップ咲きで、
開いていくにしたがってロゼット咲きになるものです。
爽やかなティー系の香りが強く香りますので香水など必要ありません。
幼さを残す面立ちのレディには、ぴったりの花でした。
あのような方にお見せするのなど、本当はご免蒙りたかったくらいに、
本当に坊っちゃんに良くお似合いになられておりました。
この花は四季咲きですが、病気に弱い所がありますので苦労して育てたのですが、
それだけの甲斐がございました。
「今日はまた、やけに熱心に手入れをしているのだな。」
不意に坊っちゃんがお声を掛けてこられました。
私が薔薇園の手入れをするのを、先程からテラスの椅子からご覧になられていたのです。
「特別熱心というわけでもございませんよ。毎日こうして手入れをしております。
まあ、観客がいらっしゃいますので、少しは熱を入れておりますけれどね。」
私は幾分かの笑みを含めて、そう答えました。
「観客というよりは監督だとでも言いたいのではないのか?」
坊っちゃんは片方の口の端を少しだけ上げていらっしゃいます。
「いいえ。そんな事はございませんが、
このような裏方仕事を坊っちゃんにお見せするのは如何かと思います。」
テラスから下り、私の直ぐ傍に来られ、私の背中のあたりの匂いを吸い込まれました。
「お前からも薔薇の匂いがする。」
鼻をいっそう近づけていらっしゃいます。
「長く薔薇の花の中におりますので移り香でございましょう。」
後ろを振り向きざま、坊っちゃんの御髪に鼻を近づけました。
「ああ、坊っちゃんからも薔薇の香りが致しますよ。
とても甘く芳しく香っておりますね。
どの薔薇の香りが移ったのでしょうか?
それとも坊っちゃんご自身の香りなのでしょうか。」
私の言葉に、坊っちゃんは途端に不機嫌になられてしまいました。
「そんなわけがあるか!移り香だ!」
そう、坊っちゃんご自身から香るのは、こんな甘ったるい香りではありません。
もっと高貴な、他の色味を一切含まない純白の薔薇の香り。
私はその香りにこそ、そそられるのです。
この香りは、先程まで坊っちゃんのお傍にいらした婚約者の香水の香りなのでした。
ご本人はお帰りになられても、その香りが坊っちゃんに残っているのです。
そんな香りは、今すぐにでも洗い流してしまいたい。
出来ない事と分かっていますけれど・・・。
ザッと吹き付ける風に揺れる薔薇の枝の様に、私の気持ちもまた揺れるのでした。
「紅茶が飲みたい。なるべく香りの強い物を。
こんな香りを消してしまうくらいのものを用意しろ。」
そう言って、坊っちゃんは私の背に額を押し付けてきました。
私は、クスリと笑って答えました。
「イエス、マイ・ロード。」
END
※※※ ※※※ ※※※
原作でセバスチャンがドイツから取り寄せた薔薇は特定できませんけれど、
その他の、この作中に出てくる薔薇は、全て実在のものです。
時代も19世紀後半までに作られたものだけを選びました。
最期に出てくる薔薇については、私の手元にある資料のなかで、
一番、駒鳥の帽子に飾られた薔薇に似た物を探したまでで、
本当かどうかは全く定かではありません事をご了承下さいませ。
始めの薔薇からご紹介致します。
アンヌ‐マリ・ドゥ・モランヴェル
作出国 フランス 作出年 1879年 四季咲き
二番目の薔薇
ブル・ドゥ・ネージュ
作出国 フランス 作出年 1867年 返り咲き
三番目の薔薇
ミセス・ジョン・レイン
作出国 イギリス 作出年 1887年 返り咲き
四番目の薔薇
カルディナル・ドゥ・リシュリュー
作出国 フランス 作出年 1840年 一期咲き
五番目の薔薇
スヴニール・デリズ・ヴァルドン
作出国 フランス 作出年 1855年 四季咲き
六番目の薔薇
デュシェス・ドゥ・ブラバン
作出国 フランス 作出年 1857年 四季咲き
薔薇の国、英国ですが、今回のイメージに使った薔薇は殆どフランスのものでした。
四季咲きの薔薇が二期目の花を付けはじめました。
一期目の花が終わった後、充分な肥料を与え、
葉を落としてしまわないように細心の注意をして、花殻をこまめに摘み、
病気に掛からない様に予防をし、寄ってくる虫を駆除してきた甲斐があるというものです。
様々な薔薇を植え、育てていますが、この一角の薔薇は別格です。
ここは、丁度、坊っちゃんの執務室から見下ろせる位置にありますから、
仕事の間に窓辺からご覧になられた時に、
何時でも薔薇が咲いているのが目に入るようにしているのです。
坊っちゃんのお好みは、他の色味が混じらない真っ白な薔薇。
新種が作出されたと聞くと、いち早く取り寄せています。
先日、ドイツから取り寄せた薔薇をダメにされた時の私の落胆は、
けれど、ダメにした理由によって無かった事と致しました。
高芯丸弁咲きの、程よい花弁の重なりの純粋な白い薔薇は、
坊っちゃんにとてもお似合いになられると、
丹精込めて育てたものだったのですが、致し方ありません。
今はフランスから取り寄せた小振りな花が房状に咲く薔薇を植えています。
球状の花型が愛らしく目を楽しませ、芳しい香りは、
窓を開けていれば、坊っちゃんのお部屋にも風に乗って微かに届きます。
すっきりとしない英国のこの季節に、
少しでも坊っちゃんに気持ち良くお過ごし頂く為に選んだ花なのです。
フランスからは、他に、赤身を帯びた蕾が開くと、
純白のカップ咲きになる薔薇も取り寄せました。
葉が浅緑色であまり煩くならない樹形をしており、
低めに剪定して分枝させて、繰り返し返り咲きさせています。
豊かな甘い香りは、坊っちゃんのお部屋を飾るのにもとても良いのです。
色のある薔薇は、主に庭で楽しんだり、お部屋に飾る為に育てています。
英国作出のラヴェンダー色を帯びた桃色のカップ咲きの花は、
棘が少なく耐病性もあって扱いが楽です。
よく茂った明緑色の葉の上に形の良いカップ咲きの花が乗った様に咲きます。
夏でも花型が乱れる事がなく、強く香ります。
庭に設えた東屋の入り口には、紫に最も近い色の薔薇を、
生垣の様にトレリスに誘引しています。
濃い赤紫色の中心部に白を見せる花は花弁が多く見栄えがします。
少々病気になり易いのが難点ですが、高貴な風情が坊っちゃんにお似合いだと思うのです。
フランス作出のこの薔薇は、香りが微かですので、
坊っちゃんがお庭で紅茶を召し上がる時に香りが邪魔にならなくてよいのです。
薔薇園に変化を持たせる為に、春と秋では花色が異なるもの等も植えております。
春の花はアプリコット色に花弁の縁に濃い桃色がのり、
秋にはオレンジに近いアプリコット色になるのです。
花弁数が多く、弁縁が少し尖るように咲く姿は花の王らしく豪華で、
細めの葉の縁が少し赤く染まるのも趣があります。
あまり香りがし過ぎない程度に香りますから、
坊っちゃんの居間に飾ってもお茶の香りを楽しむのに気になりません。
あの夜会の日に坊っちゃんの帽子を飾った薔薇も、当然、私が育てたものでした。
透明感のある桃色で、咲き始めが花弁を抱える様に咲く深いカップ咲きで、
開いていくにしたがってロゼット咲きになるものです。
爽やかなティー系の香りが強く香りますので香水など必要ありません。
幼さを残す面立ちのレディには、ぴったりの花でした。
あのような方にお見せするのなど、本当はご免蒙りたかったくらいに、
本当に坊っちゃんに良くお似合いになられておりました。
この花は四季咲きですが、病気に弱い所がありますので苦労して育てたのですが、
それだけの甲斐がございました。
「今日はまた、やけに熱心に手入れをしているのだな。」
不意に坊っちゃんがお声を掛けてこられました。
私が薔薇園の手入れをするのを、先程からテラスの椅子からご覧になられていたのです。
「特別熱心というわけでもございませんよ。毎日こうして手入れをしております。
まあ、観客がいらっしゃいますので、少しは熱を入れておりますけれどね。」
私は幾分かの笑みを含めて、そう答えました。
「観客というよりは監督だとでも言いたいのではないのか?」
坊っちゃんは片方の口の端を少しだけ上げていらっしゃいます。
「いいえ。そんな事はございませんが、
このような裏方仕事を坊っちゃんにお見せするのは如何かと思います。」
テラスから下り、私の直ぐ傍に来られ、私の背中のあたりの匂いを吸い込まれました。
「お前からも薔薇の匂いがする。」
鼻をいっそう近づけていらっしゃいます。
「長く薔薇の花の中におりますので移り香でございましょう。」
後ろを振り向きざま、坊っちゃんの御髪に鼻を近づけました。
「ああ、坊っちゃんからも薔薇の香りが致しますよ。
とても甘く芳しく香っておりますね。
どの薔薇の香りが移ったのでしょうか?
それとも坊っちゃんご自身の香りなのでしょうか。」
私の言葉に、坊っちゃんは途端に不機嫌になられてしまいました。
「そんなわけがあるか!移り香だ!」
そう、坊っちゃんご自身から香るのは、こんな甘ったるい香りではありません。
もっと高貴な、他の色味を一切含まない純白の薔薇の香り。
私はその香りにこそ、そそられるのです。
この香りは、先程まで坊っちゃんのお傍にいらした婚約者の香水の香りなのでした。
ご本人はお帰りになられても、その香りが坊っちゃんに残っているのです。
そんな香りは、今すぐにでも洗い流してしまいたい。
出来ない事と分かっていますけれど・・・。
ザッと吹き付ける風に揺れる薔薇の枝の様に、私の気持ちもまた揺れるのでした。
「紅茶が飲みたい。なるべく香りの強い物を。
こんな香りを消してしまうくらいのものを用意しろ。」
そう言って、坊っちゃんは私の背に額を押し付けてきました。
私は、クスリと笑って答えました。
「イエス、マイ・ロード。」
END
※※※ ※※※ ※※※
原作でセバスチャンがドイツから取り寄せた薔薇は特定できませんけれど、
その他の、この作中に出てくる薔薇は、全て実在のものです。
時代も19世紀後半までに作られたものだけを選びました。
最期に出てくる薔薇については、私の手元にある資料のなかで、
一番、駒鳥の帽子に飾られた薔薇に似た物を探したまでで、
本当かどうかは全く定かではありません事をご了承下さいませ。
始めの薔薇からご紹介致します。
アンヌ‐マリ・ドゥ・モランヴェル
作出国 フランス 作出年 1879年 四季咲き
二番目の薔薇
ブル・ドゥ・ネージュ
作出国 フランス 作出年 1867年 返り咲き
三番目の薔薇
ミセス・ジョン・レイン
作出国 イギリス 作出年 1887年 返り咲き
四番目の薔薇
カルディナル・ドゥ・リシュリュー
作出国 フランス 作出年 1840年 一期咲き
五番目の薔薇
スヴニール・デリズ・ヴァルドン
作出国 フランス 作出年 1855年 四季咲き
六番目の薔薇
デュシェス・ドゥ・ブラバン
作出国 フランス 作出年 1857年 四季咲き
薔薇の国、英国ですが、今回のイメージに使った薔薇は殆どフランスのものでした。