【隠の王】アンソロにお呼ばれした雪宵壬
「雪見さんはたまごを割れちゃうんじゃない? だから、こっちは俺が持ってあげるね」
「あーあーそうですか有り難うござんすよ。お前はほんっとうに可愛くねーなァ? 壬晴」
上目遣いに悪戯っぽく笑って見せるとこうやって「やれやれ」という笑みを浮かべるのだけれど、壬晴は、雪見が本当はふたつに分けた荷物を両方まとめて自分が持ちたいと思っているのを知っている。そして雪見は壬晴が彼のそういう気持ちを見抜いていることや、右腕のない彼をこっそり気遣って荷物を分けてしまっていることを知っている。
ふたりで買い物に行くと、何故だかいつも荷物は重たかった。その上たくさん余る。豚肉、キャベツ、たまごたまねぎ、小麦粉に2Lペットボトルのレモネード。「2Lは多くない?」「お前こそ、キャベツふたつは有り得ねーだろ!」これだけの買い物にさえたっぷりと時間を掛けて量を悩むのだけれど、いつだって雪見の家に帰るとちょっと多かったかなあ、どうするかと首を傾げる羽目になった。
「っかしィなあ。なんでいっつもついつい買い過ぎちまうのかね」
台所の床に置かれたビニール袋を前に、ざらざら髭の生えた顎へ手を当てた雪見が苦い顔をして首を傾げる。
そこへ子猫のよいてがやってきて、にゃあと可愛らしく一鳴きした。雪見がスーパーでしょっちゅうおやつを買って帰るものだから、買い物から帰るとこうして何を買ったのか確認しに来る。壬晴はよいてを抱き上げて小さな耳へごめんね今日はなんにもないよ、話し掛けると通じているみたいに大人しくなった。
「俺達って買い物が下手かな。よいてはどう思う?」
「というより、なんっか食う量のイメージが出来ないんだよな。俺ひとりの分なら間違えねーんだぜ? お前は小食だし、ふたり分ってのが中々難し――」
はたり。
気が付いたように雪見が口を閉ざして、壬晴の体は心臓が竦んだような感覚にどきりとする。
(……ふたりではなくて)
ふたりではなくて、何人分なら、俺達は上手にご飯の買い物が出来るんだろう。壬晴は考える。「まあ、買っちまったもんはしょうがねえか。」と自分のおこなった過去のことを割り切るのがとても得意な雪見が無理矢理に笑って、それを見上げているととても尊いものを見るような気持ちになった。
「もうまかない食ってるかもしれねーけど、作ったら和穂達に持って降りようぜ。な、壬晴」
「……うん。そうしようね、雪見さん」
雪見と壬晴はさびしかった。
ずっと、ずうっとさびしかった。だから最近はしょっちゅうふたりでいるし、今日のように時間があったら一緒にご飯を食べたりしている。こうしていてもさびしいが、昔はもっとさびしかった気がした。ふたりではなくて、誰かと三人でいたころのことだ。
想像の話。けれど、雪見と壬晴はおんなじ人が大事だった。おんなじくらいに愛していた、いいや、まだ愛しかった。
買い物下手が直らない一番の原因は、どちらも直したくないからだろうな。壬晴は考える。腕の中に抱いたよいてから手を離し、どちらの好物でもないレモネードを冷蔵庫に入れた。
作品名:【隠の王】アンソロにお呼ばれした雪宵壬 作家名:てまり@pixiv