2.気取り屋の週末
アヤ・エイジアのストーカーの件から3日、俺は久しぶりの非番を家でだらだらと潰していた。
『笹塚さん……』
ソファに転がした頭に、不意に彼女の声がよみがえる。
頼りなく呟いた唇は、そのまま俺の背広に押し当てられた。
苦しそうにひそめられた眉根の緊張をほどいてやりたくて、軽くニ、三度肩を叩いた。
指先に感じた肩の震えを止めたくて、おそるおそる、髪を撫でた。
それだけで、何かとんでもない罪を犯している気分になった。
だから、すぐに手を離した。
『とにかく、いったん戻ろう。あんまり動かない方がいい。
もしかしたら、探しているつもりで俺たちが探される羽目になってるかもしれないしな』
えらく動揺していたことが、あの娘にバレたりしてなきゃいいが。
「しっかし、アホか、俺は」
女子高生相手に何やってんだ。
着実に犯罪者に近づくような真似してどうする。
咥えたきり、口で弄んでいた煙草に、同じく体温が馴染んでしまうほど掌で遊ばせていたジッポで火を点ける。
深く吸い込んで、垂直に煙を吹き上げた。
この重さでないと、火を点ける気にならない。これより重くても軽くても、しっくりこないのだ。
執着は無いが、愛着はある。コイツの元の持ち主と同じに。
用無しになったジッポライターを、寝転んでいるソファの傍らにあるテーブルに転がすと、がつり、と鈍い音がした。
『コイツは?』
宅配用のダンボールに私物を詰め込む女の背中に、テーブルの上に転がっていたジッポを摘み上げると、振り向いた女は薄く笑って、置いてく、と言った。
『良いのか?いつも持ち歩いてただろ。気に入ってたからじゃないのか?』
『だって、あたし煙草吸わないもの。あたしのために持ってたわけじゃないわ。
アナタの方が要り様でしょ?』
そういって、言葉のとおり煙草を吸わない女は、煙に染まらない空気を吐き出した。
そのとき吐き出されたものが何だったのか、出て行くと言い出された理由すら掴めなかった俺に推し量れようもないが、何かしらが欠けていったことだけは判った。
向けられた笑い顔が、ますます薄っぺらになったから。
『判ってたわ。いつか、アナタにあたしが要らなくなることぐらい。
だけど、この子はアナタに必要でしょ?だから、残してく』
銀の蓋を押し上げる指が消えても、発火石さえ残れば、炎は生まれる。
愛着は、あった。
消えると言われれば、ああそうか、とすんなり受け容れてしまう程度ではあっても。
ぽかり、と口から吐き出された灰色の輪っかが、ゆるゆると天井に上っていく。
この、俺が。
何かに執着し始めてるかもしれないなんて知ったら。
女は、あの時より少しは楽しそうに笑うだろうか。
to be continued...