実況中継
「携帯の電池が無駄だからかけてこないでくれない」
馬鹿みたいな甲高い声を出さない程度の自尊心で冷静だというふりをする。ばたんと彼の家の扉を乱暴に閉めて、それに背を預けた。
「何子供みたいなこと言ってるんだよ」
馬鹿じゃないのコート忘れてるんだぞ、と言われて乱暴に携帯の電源を切りそうになったけど、とりあえず自分を落ち着かせる。どうしてこんなにも不愉快な気分になってしまうのかもわからないし、それを振りかざすのも年下の彼相手にはしたくなかった。彼はすぐに調子に乗る。それでも向こうにいる彼が僕を負かせたとでもいうように余裕そうな表情をしていると想像するだけで扉も壊したくなった。
「子供は君でしょう。触らないでね」
笑いながら言えば、勢いの強い罵倒が聞こえてくる。英語で話される早口のスラングは僕にはよく意味が通じなかったけれど、それが酷い凛冽で熾烈でもある悪口だということは理解できた。
「触ってやるもんか! 触っても燃やすだけだよ!」
そんな幼い言葉を聞くだけで僕は優越感に浸れるし、少しは気分の悪さも晴らすことができる。
「大きな声出さないでよ」
うるさいだけなんだからとは言わなかった。さらに大声を出されても面倒だと思う。
「戻ってくるなよ」
苛つきが混ざるアメリカくんの声にまた笑った。僕は扉を開けてアメリカくんの寝室へと足を進める。また何か文句を言っているようだけど、黙れの一言で押し通した。馬鹿みたいに腹が立つけど馬鹿みたいに笑ってやる。突然部屋に入り込んだアメリカくんはどんな顔をするだろうと思う。悔しがってくれればそれでよかった。携帯から出てくるうんざりするようなアメリカくんの声を遮って、彼がいる部屋の扉を勢いよく開ける。
「うわ」
思わず声が出た。アメリカくんも予想していなかったのか驚いたように静止している。頬につく涙を見られたことに顔を引きつらせ、彼は携帯を下ろし、もう片方の手で片頬に触った。
「恥ずかしい」
そう言った彼は目を逸らしてまた泣いて、僕は顔が真っ赤になった。