残照
「残照」 ~エルヴィンとリヴァイ
私は……
強くなどないよ、リヴァイ
私もまた
ひとりのただの人間なんだ
そんなこと言うな!
俺の前でそんなことを
言うんじゃない
恥じるでもなく
奢るでもなく
開き直ることもなく
静かな声音で
彼はそう語りかけた
そんな言葉を聞きたいんじゃない!
じゃあ俺は何の為に
誰を信じて
今まで生きてきたんだ!
お前には信念があり
お前は強いと信じたからこそ
全てを捧げて従って来たのに
お前は俺を愚弄するのか?
俺の判断は間違っていたと……
そうじゃない
彼は続けた
言ったろう
私は弱いただの人間だと
だから人の弱さが分かる
人の辛さが分かる
それは決して罪じゃない
恥でもない
だから
お前の気持ちも分かるつもりだ
お前はこれまでよくがんばってくれた
希望の見えない明日に向かって
私と志を共に戦ってくれた
他の兵たちも……みんなそうだ
だからもういいんだ
だからもういいって、どう言うことだ?
俺を見捨てるって言うのか!
俺もほかの兵たちも!
違う、リヴァイ
そうではないんだ
私たちの役割は終わったんだ
だからお前ももう
ひとりの人間に戻るときが来たんだ
心を捨てたふりをして
偽りの仮面を被って
兵たちを鼓舞して
前だけを見つめて
振り返らずに進む時はもう終わった
泣いてもいい
笑ったっていい
思った事を、思った通りにしていいんだ
ずっと……辛かっただろう
もう自分の心を閉じこめておく必要はない
エルヴィンは笑いながら
泣いた
決して笑わない青い目が
優しく細められて揺らめき
涙に濡れた
何で……何でだよっ!
お前はそんな弱音なんか吐くような柔なタマじゃねぇだろ!
言ったろう?
エルヴィンの目がまた優しく笑った
私たちの役割は終わったんだ
もうお前も苦しむ必要はない
若い命が育って
そこに息づいている
あとは……彼らに任せてやればいい
私たちに出来ることは全てやった
私たちの戦いは終わったんだ
エルヴィンはそっとリヴァイの手を取った
さあ、武器はもう要らないだろう?
そう言って、握りしめた手から剣を取りあげた
立体機動装置ももう要らない
私たちはそれがなくても空を飛べるから
私たちは……もう、自由だ
何を言ってる?
何が自由だ、ふざけるんじゃない!
自由ってのは奴らを全部ぶっ殺した後の話だろ!
俺たちはまだ終わってなんかいない!
エルヴィン!
……
彼の声を聞いたのはそれが最後だった。
声なき声
細いため息のように
リヴァイ……
と呼ぶ声が聞こえたと思ったが
きっと気のせいだったのだろう
彼はもう息をしてはいなかったから
リヴァイも最後に小さくため息をついた
ああ……エルヴィン
そうだな
きっと
お前の言うとおりなんだろう
俺たちの戦いは終わった
俺たちは人類の為に何ができたのだろう
俺たちは後に続く子供たちの為に
何かを残すことができたのだろうか……?
見上げると、頭上には吸い込まれるような青い空が広がっていた
どこまでも
どこまでも光る青い空が
白い翼の鳥が
羽を広げて飛んでいくのが見える
血みどろの地獄にも似た
凄惨な地上の世界が嘘のように
静かだった
俺たちがどこまでも求めた自由の翼
人類の自由を取り戻すために
とうの昔に捧げ尽くした心臓など惜しくはない
だが……俺たちには何かができたんだろうか
エルヴィン
俺たちは残された子供たちに
わずかでも希望を与えることができたのだろうか
俺には……分からない
だけど、お前がそう言うのなら
それでいいんだろう
ずっとお前の言葉を信じて
今日まで生きてきた
お前の背中だけを見て
歩いてきた
そのことを後悔したことは一度もない
だから……
荒ぶる炎が消えるように
ゆっくりと時が尽きようしていた
生涯の友の最後の姿を瞼に焼き付けると
リヴァイは静かに目を閉じた