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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー第二部

INDEX|29ページ/47ページ|

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 そのとき、ヴィーカの背後で轟音が鳴り響いた。何かが爆発するような音に続き、石像が崩れ落ちる音と同時に土煙が上がるのが見え、思わずそちらを凝視する。
「なんだ、あっちは確か……!?」
 そして、ヴィーカは気づいた。それがカペルたちがいるはずの宿の方角だと。脳裏をよぎる最悪の事態を振り切ろうと、そして、自分についた嘘が暴かれる恐怖に押され、ヴィーカはヘルドに詰問する。
「おまえ、おいらに何を掴ませたんだよ! あれは実験中の治療薬なんだろ!?」
「ああ、実験中のものだ。中身は少々違うがな。月の雨の結晶体、といったところか」
「そ、そんなものをエドアルドに使ったら」
「ああなる」
 ヘルドがくいと顎で指した先、黒い固まりのような何かが教会の屋根の上にいるのが見えた。エドアルドだ。その背中に漆黒の翼をはためかせ、天を仰いで咆哮を上げている。
「リバスネイルの完成だ。制御が出来なければただの化け物だな、ふはははは」
 騙された……。
 いや、自分で自分を騙していたことに、気づかされたんだ。
 情報屋である自分に偽の情報を掴ませた男に対する怒りよりも強く、自分の軽率さと愚かさに対しての怒りがヴィーカの心を支配する。それも結局、自分への言い訳でしかないのかもしれないが、脳裏に孤児の頭を撫でるエドアルドの姿が重なった瞬間、ヴィーカは我を忘れてヘルドに襲いかかった。
 だが、それも予期されていたのだろう。突き出したナイフは簡単に空を切り、身をひねったヘルドに殴り飛ばされる。血の苦みが口中に広がり、ヴィーカは地面に這いつくばった。
「……くそ、おまえなんかに、おまえなんかに!」
 痛みに対する反射と、あまりにも情けない自分への怒りが、ヴィーカの視界を滲ませる。それでも、笑う膝を叱咤して立ち上がると、精一杯の力でヘルドを睨み付けた。
 それを見下ろし、侮蔑の笑みを向けたかと思うと、ヘルドの姿はその場からかき消えた。
 ヴィーカは呆然と教会の屋根を見遣る。
 変わり果てたエドアルドの姿がはっきりと見えると、それに兄の姿を幻視し、ヴィーカは糸が切れたようにその場に膝をついた。
「そんな……」
 嘆きは言葉らしき言葉にもならず、小さな身体の中を無慈悲に駆け巡った。


「あれは!」
 逃げ惑うケルンテン住民の波を指さし、キリヤが叫んだ。その先には、激流の中の岩のように、人の流れの中にたたずむ一つの影。
 一人の封印騎士がいた。
 かつての簡素なローブは漆黒の鎧に、手に持つ鎖鎌は禍々しい意匠のものに変わっていて、薬草を採るだけだった以前のそれとは似ても似つかないものだった。こけた頬と長くなった髪を見れば、ずいぶんと変わったものだと嘆きたくもなったが、見知ったその男の瞳に映る虚無が深度を増していることをはっきりと見て取ると、その底の見えない暗闇がソレンスタムの胸に穴を穿った。
「……ヘルド」
「これはこれは、師匠ではありませんか。久しいですね。それにかわいい弟弟子も一緒か」
「ヘルド、おまえ!」
「キリヤ、君の作ったこの抑制剤は私の実験に役立ててやろう。リバスネイルの力を制御し、私が新たな力を手に入れるためにな」
「ふざけるな!」
 才能あふれる若者の将来を見据え、彼の中の狂気を正しい方向へと導くために採った初めての弟子。星読みの力は彼の未来を見せてはくれなかったが、その時から漠然とした予感はあった。今の彼の姿は、そのときの自分の未熟さの結果だろうか。
「ヘルド、あなたは封印軍にいると聞きました。何故このようなことを」
「師よ。一人の研究者として、真理を追求するというのは当たり前でしょう。月印の力の解明。私はただそれを目指して前進していたに過ぎない。これもすべて、そのためですよ」
「私はこのようなことをさせるために、あなたを指導したわけではありません」
「……問答をしている場合ですか? あなたの仲間、……そう、仲間が苦しんでいるのです。助けられるものなら助けるがいい。そのための薬は私の手の中ですがね。ふはははは」
 エドアルドの姿を視界の端に捉え、今は自戒しているときではないと理解した頭が覚悟を促す。その瞬間、星読みの力が一つの映像を映し出した。
 鬱蒼と茂る森。コバスナ大森林の最奥にある小さな集落が見える。新月の民の集落か。そこに現れる封印軍。指揮するのはヘルドだ。ろくに抵抗も出来ず、いや、せずに新月の民は封印軍とともに村を出る。そこには、戸惑いと同時に歓喜の顔が並んでいた。場所が変わる。ヘルドの研究施設か何かだろうか。そこで行われたのは人体実験。レオニードが縛り付けた月印が赤く光り、エドアルドに使われたものと似た結晶体が彼らにも使われる。そして、力を制御しきれない者たちが反転し始める。自分でも知らずにいられた心の深奥の闇。醜さ。それを照らし出す漆黒の月印。そして、暴走した新月の民を嗤うレオニードとヘルドの顔がはっきりと見て取れると、映像はそこで途切れた。
 これは未来ではない。星読みの力が見せたのは、ヘルドの過去か。
「……」
 彼はもう戻れないかもしれない。
 血で汚れきった手を浄化してやる術は思いつかず、止められなかったという自戒が再び胸を締め付ける。長くを生き、多くを学んだつもりだったが、たった一人を導くことさえ、己という一個はなせずにいるのだ。だが……。
 初弟子の変わり果てた姿を見遣り、だがエドアルドはまだ間に合う、と自分に言い聞かせたソレンスタムは、目の前の敵を正面に見据えた。
 ならば、自分がすべきことは一つしかない。
「仕置きが必要なようですね」
 杖を構え、月印を発動させる。瞬間、ヘルドの周りに降りしきる雪の一つ一つが極小の氷刃へと姿を変え、標的を切り裂くべく中央へと殺到した。
 しかし、そのときにはすでにヘルドの姿は包囲の中には無かった。
「邪魔をしないでいただきたい。私が高みに達するまでは、ここでこいつらと遊んでいてもらおうか」
 屋根の上から聞こえてきた声に振り返った直後、両手を広げて街を睥睨するヘルドの向こうに、巨大な魔方陣が一つと、それを取り囲むようにいくつもの小さな魔方陣が出現する。空に浮かび、くすんだ赤い光でケルンテンの街並みを照らす魔方陣。そこに並ぶ術式は、ソレンスタムが彼に教えた召喚のための魔方陣だった。
 胴体が人の子供ほどもある無数の蜘蛛と、それを従える巨大な女王蜘蛛。魔方陣より這い出したそれらがぼとぼとと音を立てて降り注ぎ、エドアルドの暴走によって騒然としていた街は、一気に恐慌状態に陥っていく。
「待て、ヘルド!」
 キリヤの呼ぶ声もむなしく、ヘルドは混乱する住民たちをあざ笑いながら姿を消した。 残された女王蜘蛛がケルンテン市街の中央に位置する時計塔に張り付き、こちらをのぞき込んでいる。ソレンスタムには、その赤い目にヘルドの姿が重なって見えた。
「キリヤ、手伝いなさい」
「師匠?」
「ヘルドの行く場所はわかっています」
 この旅の始まり、カペルと出会ったときに見えた映像は一つではなかった。
 行方をくらましていた愛弟子が、カペルたち解放軍と対峙する姿。それを見たからこそ、庵を閉じ、解放軍に同行する気になったのだ。そのときに見えた場所も、はっきりと覚えている。