戦うメイド様
「別に君なんかどうでもいいんだけどね」
ハウスキーパーに叫べば、後ろから銃弾が飛んでくる。君に言ったわけではないと弁解する余裕もなかった。
「恐れ入りますすみません。刀を置いてきたので、ただのじじいです」
刀さえ持てば失敗を許さない恐ろしいメイド長だったけれど、手ぶらである彼に何か役職名をつけようとしても何も無かった。ひきこもりとは言わない。
「中国くんに怒られたくないんだよ…」
中国くんは役職的にハウスキーパーである日本くんよりは下位だけれど、無駄なことをして彼らに怪我をさせるのをよく思わない。無駄に長く生きているせいかどのような言葉を使えば一番効果的か理解しているようで、出来れば説教の事態は避けたかった。それでもどうでもよさそうな彼は「さいですか」と一言楽しそうに呟いただけだった。他人に厳しく自分に優しいらしい。このまま振り落としてやろうかとも思ったが、冷静にやめておいた。二発目の銃弾に気付かず、彼が大きな声を出す。前を過ぎた銃弾を目の当たりにしてがくんと膝が落ちそうになったけど、スラックスのポケットに入っている携帯が鳴りだしたことで、意識をはっきりさせた。
「出ますか」
「お願い」
携帯を手に取った彼は僕の耳にそれを押しつける。聞こえてきた声は酷く切羽詰まっていた。
「どこにいるあるかくそがき!」
息を切らしながら喋っていることから走らせてしまっているらしい。年寄りに残念なことをさせて申し訳ない。
「メイド長さんが邪魔で蹴散らせないよ、です」
もう怒らせてしまっているからどうでもよかった。少しだけ遠慮して敬語を付け足す。失礼な!と担がれている彼は拗ねているようだったが事実だった。
「あほー! 何のための護衛あるか!」
「年なんです! 忘れっぽいんです! 勘弁してください!」
「僕には言い訳もしなかったくせにい」
そろそろ足が疲れてきた。そして目の前のものに思わず引きつった声が出る。
「げっ」
「何あるか」
「行き止まり…」
路地の終わりまで100メートルも無い。
「…今美国と阿片と法国が近くにいるはずある我はもう知らないあるじゃあ」
ぶちりと通話が終わった携帯に僕よりも先にぶち切れたハウスキーパーは携帯を背後に投げた。「きたー!」ピンポイントで当たったらしい。余計なことはしないでほしい。
「怪我したら怒るのに平気で見捨てるってどういう」
「あの人責任吹っかけられるのは嫌いですからね」
周囲の家の隙間にある不自然な壁は、両際の家よりも高さは低いけどどう考えても乗り越えられる高さではなかった。都合がいいかもしれない。向こう側にこの爺を投げ込めば、あとは何とかなるだろう。
「ちょっとの怪我は許してね」
振りかぶった僕の腕に、彼がしがみつく。
「さすがに側を離れるわけには」
「だからいたら邪魔なんだってば」
「どっちにしろ無理ですよ。何とかなるわけないんですから」
どうして丸腰で来てしまったんだろうと溜息をつく。目の前の壁に立ち止まり、肩から降りた彼は僕の前に立った。メイド服のロングスカートがひらりと揺れる。銃口を向けられ狙いを定められた途端に、行き止まりにしてくれた壁の向こうから誰かが走ってくる足音がする。ぴくんと反応した彼が、はかったようなタイミングですねえ、と呟いた。
「やあロシアと日本。死にそうだね!」
何かを蹴ったような音と共にその壁に這い上がったらしい彼は、短いスカートをエプロンを揺らして笑った。壁の上に座ったアメリカくんは、ぱん、とコルト・ローマンの引き金を引いた。