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メリカに首ったけ

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 3時間前には姉さんを撒いて、1時間前にはベラルーシを撒いた。個人的に妹を撒く秘訣はバスと地下鉄をひたすら乗り継いで最初の地点へと向かうことだと思う。スピードはあるけど意外に持久力が無い。その代わり姉さんのほうは、恐ろしいスピードで向かってくることはなくても持久力があるものだから、ただの曲がり角作戦のほうがいい。だから二人でいっぺんに追いかけられるともうそこで僕が終わってしまうのだけど、日常的に仲は良さげにしていてもなぜか僕を追いかけるときだけは協力しない二人だから、よくわからないけど助かっていた。最終的に着いてしまう家は同じだけど、家での停戦決議は双方が受け入れているので、そこでは仲睦まじく会話をすることができる。僕としては確実に休戦協定を結びたかった。それは受け入れられないから、そういうものでいいと思う。諦めであった。そしてそんなことを考えていたときだった。僕は地下鉄のホームに立っている。はやく来てくれないとベラルーシが追いついてしまう。気持ちは忙しなく落ち着かない。
「なあ、今日は俺と食事をしよう」
 だから隣から聞こえてきたそんな声に思わず集中してしまう。懇願を抑え付けるような声色だった。何だろうと隣を盗み見れば、金髪青目で眼鏡をかけている青年に、5人くらいの男が詰め寄っている。妙な場にいてしまったのかもしれない。少しだけ気分が悪くなった。
「今日は一人がいいんだよ」
 詰め寄られている青年は、ひどく面倒そうに返事をしている。携帯を弄りながら男たちを見ようともしない。ホモのいざこざになんか巻き込まれたくない。場所を移動しようかと思ったけど、遠くの方で揺らめく艶やかな長髪と大きなりぼんを発見してしまい、踏みとどまった。
「明日ならいいだろ」
「明日は私ですよ」
「ついでにいうと明後日は俺だよお」
「じゃあ明々後日は、ん、いや、もともと俺の番か」
「いや明々後日はお兄さんだったでしょ」
「そんなん知らん」
「眉毛!」
 いらいらに拍車がかかる。今度は方向性が奪い合いから喧騒になったらしく、隣の髭面の男と眉毛がやたらと太い男が殴り合いをはじめた。僕だけでなく周囲にいた人間のほとんどが眉をしかめている。心なしか隣の集団に距離を求めるように円が出来てきた。僕も離れたい。でも動きたくない。溜息をついた。
「ちょっと、こんな場所で喧嘩なんかしないでくれよ」
 振り回された手にあたりそうになったらしい青年が、嫌そうに一歩後退した。そして僕は目を見開く。
「わ」
 詰め寄られていたからすでに線路ぎりぎりに立っていたらしい。近くに立って様子を見ていた背の小さい黒髪の男が手を伸ばしたけど届いていない。それを合図に殴り合いをしていた男二人も静止した。彼が足が滑ったと同時に電車が来る知らせが鳴り響いて、金髪の青年が線路へと落ちていく光景を、僕ははっきりと見てしまった。
作品名:メリカに首ったけ 作家名:ナレ