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愁いの花  第一章 薔薇の夢

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「わあ、綺麗。」
赤い薔薇の花束を手に持った少女は、感歎な声をその可憐な唇から漏らした。
柳冬実。長い豊かな黒髪と利発そうな大きな瞳は、見る者を魅了する可愛らしい少女だ。
アキムとの戦いから逃れ、スタズのマンションに身を寄せる事になった冬実は、喫茶店の女主人サティから花束を贈られた。
「色々と大変だったよな!この花を部屋に飾って元気出しなよ。」
サティの肩に乗った可愛らしい小動物の豆次郎は、励ますように声をかけた。
「ありがとうございます。ここまで気遣って下さって・・・。」
「水くさいなぁ、もう俺達は仲間じゃないか。これからもっと戦いが激しくなるかもしれないんだぜ。何があっても頑張るんだよ、スタズに宜しくな。」

スタズさん・・・。

激しい戦闘が続き、流石のスタズも体力が消耗しているようだった。
本人は何も言わないが、周囲の者は薄々感付いていた。
せめてスタズに栄養をつけてもらおうと、彼の好物であるツチノコステーキの買出しに来ていたのだ。
「はい、頑張ります。本当にありがとう。それじゃ失礼します。」
店を出ていく少女の後ろ姿を見つめながら、豆次郎は溜息交じりに呟く。
「まったく、これからどうなるんだろうねぇ。あいつにあの娘を任せても大丈夫なのかなぁ。スタズが何を考えているのか分からないよ。ねえ、サティ?」
どんな時も寡黙な女主人の静かな目は、やがて迫りくる少女の戦いの運命を
見守っているかのようであった。


高層ビルに囲まれた一角に、スタズのマンションがひっそりと建っていた。
マンションの入り口に、一人の少女が吸い込まれていく。
廊下を渡り、冬実は自分に宛がわれた部屋へと入った。
花瓶二つに洗面所の水道水を入れ、10本の薔薇を5本ずつに分けて花瓶に入れた。
血のように赤い薔薇。彼女がいつも吸っているスタズの血の色と同じ。
「・・・・・。」
一本の薔薇を棘に注意深く手に持ち、花弁にそっと唇を寄せる。
一気に花の香りが鼻腔に広がる。
冬実はその時、忘れられない妖しくも不思議な夢を思い出していた。
彼女は最近、同じような夢を見るようになっていた。
何もない静寂な暗闇の中で、自分は全裸になって空中を漂っているのだ。
ふと目の前に、青白い人影が近付いて来る。
暗くて顔は見えないが、その人影に包み込むかのように抱きしめられるのだ。

誰・・・?

言葉を発する事ができない。透けるような彼女の白い首筋に、相手の唇が
触れた。
「・・・・!!」
今まで感じた事のない刺激に、少女は身を強張らせた。
次の瞬間、影の口が大きく開き、紅い舌と鋭い牙が覗いた。
光る牙が少女の首筋に突き立てられ、容赦なく深く皮膚を突き破っていく。
「ああ・・!!」
痛みと流れる血が一緒になって肌を伝わる。だが冬実は抵抗できなかった。
何故なら。

その行為は、抗い難い甘美な快感を齎すものだったからだ。

花弁よりも愛らしい唇を薔薇から離し、回想の途中で冬実は我に返った。
どうして、あの夢の事を思い出してしまったのか。
冬実は頬を赤く染め、花瓶を持って部屋を飛び出した。
スタズの部屋へと向かいながら冬実は胸の鼓動が高鳴っていた。

あの恐ろしくも心惹かれる幻影は、魔を纏う吸血鬼の末裔であるスタズの姿に重なった。