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誰にとっても不本意な再会

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聖杯戦争が終わってどれだけが過ぎただろうか。
 魔法陣を描きながら、遠坂凛は戦いの日々を振り返った。
 時間的にしては、さほど経過してはいない。
 それでも、振り返ると昨日のようでいて、遠い過去の出来事のようにさえ感じられた。
 どれほど時間が過ぎようと、あの濃密な時間を自分は忘れることができない。
 それは戦いの中で心を通じ合わせた衛宮士郎にしても同じことだろう。
 でも、彼にはセイバーがいる。
 今は凛のサーヴァントとなったセイバーだったが、以前のマスターである士郎との間には、余人が入り込めない絆が確かに存在している。
 それを責めるつもりはもちろんなかったが、ちょっとした嫉妬があることも事実だった。
 士郎に好かれている自信はある。
 それを疑ったりはしない。
 それでも自分たちの間には、そこまでの信頼はまだ生まれていないと凛は感じていた。
 そこに嫉妬しているわけではないが、寂しいと思う。
 自分にだって、士郎とセイバーに負けない絆を持った相手が確かに存在したのに、彼は、アーチャーはもういないのだ。
 裏切られたことはショックだったが、そうせざる負えなかったアーチャーの葛藤を、今の凛は知っているから、彼の不在をただ寂しいと思う。
 アーチャーは士郎を、過去の自分自身を認めて消えていった。
 多分そこに後悔はなかったのかもしれない。
 それでも凛は諦められなかった。
 士郎のことが好きだ。
 それは認めるけれど、士郎にとってのセイバーのように、凛にとってもアーチャーはもうかけがえのない存在なのだ。
 士郎はアーチャにはならない。自分がそうはさせない。だけど、理想の終局を見てしまったアーチャー自身にも幸せになって欲しい。
 それがただの自己満足でもかまわない。
 サーヴァントの幸せなどわからないけれど、力尽くでも幸福だと思わせてみせる。



「だから、あんたは黙って戻ってくればいいのよ! アーチャー!」



 呪文を唱えると、眩い光とともに、人影が姿を見せた。
 その姿を見て、凛は声を上げた。



「えっ! なんで?」





 その頃、衛宮家では士郎の悲鳴が土蔵から聞こえていた。



「なんでさぁぁぁぁぁ!」






「どうしたのです? マスター!」



 セイバーは突然響いた大きな物音に、油断せず部屋へと飛び込んだ。
 凛と契約してから、咄嗟の時にはマスターと言ってしまう癖がなかなか抜けないのを、凛にからかわれるのを思い出したが、非常時なのだから仕方がない。
 凛を案じて扉を開けたセイバーは、そこにある人影を見て、主と同じように呆然として立ち尽くした。



「どうして、あなたがここに?」



「よお、お嬢ちゃんにセイバー。呼び出しておいて、そりゃないんじゃねーの」



「あんたなんか、呼んでないわよ!」



 青い槍兵に向かって、凛は無情にも叫んだ。
 確かに呼んだ相手は違うのだが、手違いにしても呼び出しておいてそれはないと、セイバーも思った。



「呼んでないっていったって、俺は実際ここにいるわけだから、俺の今度のマスターって嬢ちゃんなんだろ。パスも繋がってるみてーだし」



「ああっ! 令呪が両手についてる! なによこれ、こんなのってありなわけ!」



「察するところ、嬢ちゃんはアーチャーの奴を呼び出そうとしたんだろ。だったら、あいつが呼び出されても令呪はふたつになったんじゃねーのか。嬢ちゃんには、セイバーがいるわけだしよ」



「うっさいわね。私はあんたなんか呼んでないのよ。アーチャーはどうしちゃったのよ、いったい!」



 混乱しながら叫ぶ凛を見ながら、ランサーはニヤニヤと笑った。
 セイバーは途方にくれている。



「あいつなら多分、面白いことになってると思うぜ」



 ランサーの意味ありげな笑いに、凛セイバーは顔を見合わせた。






 居間に移動した三人は、凛の入れた紅茶を飲みながらしばし沈黙した。



「で、どういうことなのよ」



 口火を切ったのはやはり凛だった。
 適当なことを言ったら許さないと、ガントをかまえている。
 対するランサーは余裕の表情である。



「ようするに、混線したんだよ」



「はあ? なんですって?」



「嬢ちゃんがあいつを呼んだとき、俺もあいつの座にいたんだよ。それで、いっしょに呼び出せれちまったわけ」



 何故ランサーがアーチャーの座にいたのか詳しく聞きたいところだが、今重要なのはそこではない。
 凛はランサーを射殺さんばかりに睨みつけた。



「それで、アーチャーはどこいっちゃったのよ!」



「魔力回路の混線で、より自分に近い存在に引かれちまったんだろうな。つまり………」



 意味ありげなランサーの視線の先には、凛が待ち焦がれた赤い弓兵が立っていた。



「アーチャー!!」



「やはり、君のせいかね。凛」



 憮然としたアーチャーの腕には、何故か士郎が抱えられていた。
 ぐったりとしたまま、何かうわ言の様なものを呟いている。



「士郎はどうしたのです。アーチャー」
「そ、そうよ。それはいったいどうしたの?」



 凛とセイバーが異口同音に尋ねると、アーチャーの眉間の皺が深くなった。



「前回もそうだが、呼び出すときはまともに呼び出してもらいたいものだね。今度は衛宮士郎の頭上に呼び出されて、そのままつぶしてしまったようだ。その上、小僧とはパスが微弱ながら繋がっているし、散々だな」



「じゃあ、アーチャーって、士郎のサーヴァントになったってわけ?」



 複雑な表情で言う凛に、アーチャーはもっと複雑な顔をして答えた。



「不本意なのはこちらも同じなのだが、どう思うかね凛」



「あははははははははははは………………悪かったわよ! でもね! でも………あなたに会いたかったのよ」



 凛は泣きそうな顔で呟いた。



「嬢ちゃんをいじめるんじゃねーよ。大人げねー」



「お前に言われたくはないが、すまなかった凛。私も君に再び会えて嬉しいと思っている」



「では、これからはみんないっしょですね」



 セイバーがまとめると、凛も嬉しそうに同意した。



「余計なおまけはいるけど、アーチャーがいるならそれも悪くないわ。これからよろしくね」



「おまけはないんじゃねーの。いいけどよ」



「お前など、おまけでたくさんだ」



「可愛くねーの。でもまあ、せっかく現世にこれたわけだし、たのしーことしような、アーチャー」



「死ね。この腐れ犬が」



 こうして、彼らの新しい日常が始まった。
 それはともかく、床に転がされた士郎は夕食まで目を覚まさなかったらしい。
 哀れである。