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五穀米使用有機カレー

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五穀米使用有機野菜カレー(3Z銀桂/銀八)

 

 

机兼食卓兼物置兼、一人暮らしのアパートに置ける家具などたかが知れているので、銀八の部屋にテーブルらしいものはひとつしかない。それが最近では家に帰り着くたびきれいに片付けられて、その上で皿に盛られた食べ物がほかほかと湯気を立てていたりする。何度目かの光景に、銀八は目眩を覚えてその座卓(ちなみに冬場はコタツになります)の向こうに鎮座ます長髪の少年から目を逸らした。
「……ヅラァ」
「ヅラじゃありません、桂です」
 お決まりのやりとりだ。飽きもせずよく続く、って今はそんなことはどうでもいい。
「……桂。あのさぁ、マジでもう、こういうのいいんだけど。ていうかお前、お前がやってるコレ、何て言うかわかってる?」
 どさりと鞄をカーペットの上に置き、着ていたジャケットを脱いでハンガーにかける。
「不法侵入」
 つけつけと桂は言い、落ち着きのない様子で部屋をうろうろする銀八を見つめている。思わず溜め息が洩れた。
「……わかってんなら、お前」
「先生が、ちゃんと健康管理に気を配れる人だったら、俺だってここまでしません。どうせ病み上がりのくせに、放っておいたらまた毎晩スナック菓子とかで済ませる気でしょう」
 ぐうの音も出ないとはこのことだ。確かに銀八はつい先日、無理な食生活と睡眠不足とがたたってひと月も学校を休む羽目になったばかりだった。そしてその間、毎日のようにクラスの様子やら、学校の様子やらを報告しに病室を訪れてくれていたのはここにいる桂だったのだが。
「冷めないうちに食べたほうが、いいですよ」
 今日のメニューはカレーだ。ただし米は白米ではなく五穀米、そしてカレーの具は野菜中心。
「肉も入れたんですけど、煮込んでるうちにほとんど溶けてしまって」
 ほぼ、何の表情も浮かべず、淡々と聞いてもいないことを話す桂を見ていると空恐ろしくなってくる。一体何時間前からこいつはこれを仕込んでいたのだろう。こいつ普通に、朝のHRから帰りのHRまで教室にいたよな。
 仕方なしに畳の上に胡座をかこうとした時、桂がまた、静かに言った。
「あ、先に手を洗ってきたほうがいいです」


 人間弱っている時にそばにいられることほど、心をうたれることはないらしい。もともと田舎の両親からはほぼ勘当された形で家を出てきている銀八には入院などという非常時に面倒を見てくれる人間がおらず(女関係はそれなりにはいるが、遊びの域でうまくやっている関係を生々しいものにしたくなかった)、そこに桂がつけこんだ。つけこんだ、というか、単純に誰も訪れる者もなく、病院で一人しんどそうにしている銀八を不憫に思ったのだろうが、最初は単なる「お見舞い」と称してくだものやお花などを持ってきていたのが、そのうち銀八の着替えやら何やらの世話までをしてくれるようになった。彼に言われるがままに、銀八は何度か自宅にある必要なものを病院に持ってきてもらったりしていて、今のこの状況があるのも、その時にスペアキーを渡してしまったからだ。退院の際返してもらおうと思っていたのが、ばたばたしていて忘れていたら、そのうちこんなことになった。
 勿論銀八にもまるで心当たりがないわけではない。一介の教え子にすぎない桂が、なぜひと月の間足繁く銀八の病室に通ってきてくれたのか、その理由に思いが至らないはずもなかった。桂の気持ちに気づきながら、それでも「世話をしてもらったお礼」などと聞こえのいいことを言って、銀八にとっては久しぶりの外食に桂を誘ったのはある程度この男子生徒の真心にほだされていたからだし、もともとが道徳観念などそれほど伴っていない駄目教師なわけだから、軽い気持ちで酒を頼んでそれを桂にも飲ませた。まさか今時の高校生で、一滴のアルコールも口に含んだことのない者がいるだなんて想像もつかなかったし、だからたった一杯の赤ワインでべろべろに酔っぱらった桂に積極的に迫られて(鬼気迫る勢いだった)、つい流されてしまったのだ。とはいえ銀八も男を相手にするのは初めてだったので、その時はキスしかしていないし、以来手も触れていない。いやマジで。
 桂がそれを覚えているかすら定かではない。でも、こうしていやに自信ありげに、ほぼ毎日のように銀八の家に通ってくるからには、何かしらの根拠があるに違いない。何を言っても銀八が最終的には拒まないことを桂は知っているのだ。
 餌付けされるってこういうことを言うのかね。スプーンでカレーをすくいながら銀八は思う。桂の作るものはたいがい、とても美味い。それも懐かしい家庭の味がする。なんでお前そんな若いくせにこんなもん作れるの、とある時尋ねたら、うちは兄妹が多いから昔から母親に一通りの家事は教えられてきたから、と答えた。あー、そういえば、と銀八はあるかないかの三者面談の記憶をたぐる(40人近くの人数をこなすのだから細かいところまで覚えていないのは当たり前だと思いながら)。なんか桂に似たきりっとした感じの母親だったよな。躾とかうるさそうな。
 ともあれ美味しい食事は思考回路を停止させる。銀八が無言で皿の中身をたいらげてしまうとすぐ、桂がすっと立ち上がり食器を台所に運んでいく。そしてそのまま、こちらに背を向けて洗い物を始める。水の流れる音と、それから食器の鳴る音が2Kの小さな家中に響くのがいたたまれなくて、銀八はリモコンを取り上げてTVを点ける。


「…じゃあ」
 桂はそう言いながらスニーカーに足を入れる。くわえ煙草で一応の見送りに出た銀八を見上げて、桂は台所のほうを指差した。
「あの鍋の中にまだカレー、あと2,3食分は入ってますから。終わる頃に引き取りに来ます」
「……おー」
 と、生返事をする以外になんと答えればいいというのだ。銀八は頷いてひらひらと手を振る。
「また、学校で」
「気をつけて帰れよ」
 にこりともせずに頷いて、桂は玄関の重い鉄製の扉を引き開ける。長い黒髪を翻し、桂は帰って行った。がちゃん、と呆気なく閉まるドア。
 銀八はうう、と唸りながらしばらくその狭い空間に突っ立っていたが、やがてポケットを探り、そこに車のキーが入ったままになっていることを確認すると、サンダルをつっかけて慌てて外に出た。4階建てのぼろアパートは信じ難いことにエレベーターがついていない。家に鍵をかけるより早く、家のすぐ隣から続いている階段に向かって叫ぶ。
「ヅラァ、下で待っとけ、送ってく!」


 階下から低い笑い声が聞こえた、気がした。あああんなガキの術中にハマってく、この銀サンともあろうものが。そう頭の中で呟きながら銀八は鍵を閉め、ゆっくりと一段ずつ、踏みしめるようにして階段を下り始めた。足取りがふわふわするのは病み上がりのせいだと努めて思うようにした。
作品名:五穀米使用有機カレー 作家名:宿木葵