名も知らぬ花
1年行かなかった高校のブランクは恐ろしいもので、さっぱり授業についていけない俺はただただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「なんだあの数式…」
「ねぇ、じんたん?大丈夫?」
「あ、ああ…、俺にかかれば数学のひとつやふたつ…」
「ふふ、嘘。顔が困ってるよ?」
「あそこはね」
そういって、あなる こと安城鳴子は丁寧に問題の解き方を教えてくれる。
「うん」
「で、こう解くの。わかった?」
「ってことは前の問題の解答ってこうか?」
「う…、私が理解するのに1週間もかかったのに…」
「やっぱりお前って要領悪いよな」
「うるさいわね!」
大きな声を出してしまった安城の方を、キッとした目で数学教師が見る。
「う、すいません…」
安城がばつの悪そうな顔を浮かべる。
「あんたのせいで怒られちゃったじゃない!」
ひそひそした声でこちらを睨む。
「すまん、でもありがとう。あなる」
「そのアダ名で呼ぶな!どういたしまして!」
顔を真っ赤にしつつ怒った顔のまま、またノートを取り出す安城。
安城と俺が起こした騒動は大したものだったらしく、一度復学した時より更に奇異の目で見られる事が多くなった。
でもどうやらあの騒動がいい方向に転んだようで安城のラブホテル疑惑は鳴りを潜め、
あいつはなかなかいい奴だ、ということでそこそこのクラスメイト達が俺に話しかけてくれるようになった。
でも
どんなにいろいろな人達に囲まれても、彼女を失ってしまった喪失感を忘れさることはできない。
きっと、彼女はそんなことは望んでいないはずだ。
でもどこか大切なものを失ってしまった感情がずっとつきまとっていた。
「なに辛気臭いしてんのよ」
「お、あな…、安城も今帰りか?」
「そ、そうよ。方角一緒だし、その…、前見たらじんたん歩いてたし…、一緒に帰ろうかなって」
「そうか」
ふたり無言のまま歩く。
そうこうしているうちに二人の家の分かれ道に着く。
「あ、あの…」
安城の歩みが止まる。
「ん?」
安城の様子が気になって振り返ってみると
そこには、顔を真っ赤にしながら目を潤ませる安城の姿があった。
「あ、アタシあき…」
ボソッと安城が何かをつぶやく。
「え?今なん」
「アタシじんたんのこと諦めてないから!今もじんたんのこと好きだから!」
そうまくし立て、分かれ道を駆けていく。
作品名:名も知らぬ花 作家名:SmileyAzazel