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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆2

 「良くて?」
 女王候補寮の部屋に持ち込んだ荷物を入れつつロザリアは乳母のコラを見た。
 「決して、知った振りをしないようにね」
 「……はい……」まだ信じられないといった表情でコラは小さく返事する。「でもまさか」
 「そういう話もしないで」
 ぴしゃりと遮るとロザリアはしかし、扉を閉じてしまうと少しだけ表情を緩めた。
 「……サンダルの秘密は解明されたわよ」悪戯っぽく笑うとロザリアは、極めて小声で続ける。「確かに、履いていたのよ。正装のトーガの下はあのサンダルなの」
 「まあ」
 思わずコラは感嘆の声を上げる。
 「わたくし、それを見つけて少し楽しかったわ」
 そしてロザリアは、再び表情を引き締めた。
 「……この話はここまで。以降はしないわ。だからばあや」コラを見据えるとロザリアは続けた。「そうそう会わない……いえ、お会いすることはないと思うけれど、くれぐれも」
 「はい、確かに」
 深く頷いてみせるとコラは「おやすみなさいませ」と言って、小さめではあるがロザリアの部屋の向こうに用意された控えの部屋へと下がった。
 一人きりになったロザリアは、ふぅと小さく嘆息すると、あてがわれた机の前にある窓から外を見る。
 夜の闇の中、部屋の明かりでぼんやりと見える草木の緑は美しい。
 ごくごく普通の風景。
 けれどここは、もはやロザリアの生まれた主星のある宇宙ではない。次元回廊という不可思議な通路を、女王補佐官のディアを先頭に、守護聖たちと共にロザリアもアンジェリークと通り抜け、コラも許可を得てロザリアの後を追ってきた。
 そう、ここは飛空都市。
 そして女王試験は、この飛空都市の下にある星の大陸を二分し、各々がそれを育成して競うというものだった。
 この、わたくしのような……あるいは隣の部屋にいるアンジェリークのような小娘に、大陸を、人を、育成せよという。わたくしたちは共に十七歳。このような、何も知らない小娘に宇宙を託すなんて。
 そこまで思い至ったとき、部屋の扉をノックする音がした。おおよそこのような寮の暮らしに慣れていないロザリアは、扉のすぐ向こうがもう『外』なのだということを、今さらながら認識した。
 「……どうぞ」
 ドアからひょっこり顔を覗かせた金色の髪の少女は、にっこりと笑ってロザリアを見た。
 「ロザリア、ちょっといいかしら」
 そう尋ねながらも、きょろきょろと無遠慮に部屋を見回しながら彼女−−アンジェリークが入ってきて言った。
 「謁見のときはありがとう。あんな仰々しいことに慣れていなくて……その点、ロザリアは全然平気そうで、すごいなって」
 「御用はそれだけ?」アンジェリークの言葉を遮ってロザリアは冷然とした表情で言った。「もしもそうなら、わたくし、少し早めに休みたいの。だから」
 「あ、ごめんなさい」しゅん、とした様子でアンジェリークは肩をすくめた。「あの、ちょっとだけ、おしゃべりできたらと思って」
 「何を話すことがあるのかしら」ロザリアはむっとして続ける。「わたくしとあなたとは女王候補なの、対抗相手なのよ? そうそう馴れ合うものではないと思うけど」
 とたんにアンジェリークの瞳が大きく揺らいだ。
 「ご……ごめんなさいっ!」
 深く頭を下げるとアンジェリークは、逃げるように小走りで部屋から出ていってしまった。言い過ぎたと思い、慌てたロザリアが声をかける間もなかった。
 後に残されたロザリアは、何とも言えぬ後味の悪さを感じた。感じさせられたことに腹が立った。このようなことで簡単に泣いてしまう彼女を軽蔑した。
 そして、その一方で……うらやましく思った。
 考えまいとしているのに、ふとロザリアは、このような女王候補に対しジュリアスはどう接するのだろうと思った。



 その機会はすぐやってきた。
 翌日、二人の女王候補は、守護聖の首座たる光の守護聖の執務室に呼ばれ、女王候補としての心得についての訓辞を受けることになった。その間、ジュリアスは二人を見据え、一度たりとも笑うことはなかった。低く、落ち着いた声は広い執務室に響き、横でアンジェリークがどんどん俯いていくのがよくわかった。あの眼差しに堪えられないに違いない。
 だが、その最中にもひっきりなしに他の守護聖や、女官、王立研究院の者、側仕えが訪れてはジュリアスに指示を仰ぎ、決裁を求めてくる。それに対しジュリアスは実にてきぱきと事を進めていく。あまり考え込むことはない、けれど決して適当に処理しているわけでないことは、相手がしどろもどろになるぐらい核心を衝いた質問をしている様子からも明らかだ。
 だから、ジュリアスがそうして女王候補である自分たちから視線を外しているときだけ、横でアンジェリークがほっと一息ついているのがよくわかる。ロザリアは呆れて眉を顰めるが、ふとジュリアスもそのようなアンジェリークを見ていることに気付き、どきりとした。どれほど他の執務をこなしていても、今、話をしている相手のことを見ている。とても気など抜けたものではない。
 案の定、話の最後でジュリアスは「アンジェリーク」と呼んだ。飛び上がらんばかりに躰を震わせるとアンジェリークは、おずおずとジュリアスを見る。
 側仕えから渡された書類を手にしたまま、ジュリアスは言った。
 「私の話していることは理解できたか」
 「あ、はい、あの……」
 「ならば良い」
 アンジェリークはすでに涙目になっている。だがジュリアスからはひとことも、なだめる言葉がかけられることはなかった。
 良かった。
 ロザリアは密かに思い、呟く。
 いつもそう。泣く子には優しく接し、泣かない者はその必要などないのだと差別する。泣かない者がどれほど歯を食いしばって我慢し、耐えているか、わかろうともしないで。
 でもジュリアスは違うわ。
 「ロザリアはどうだ?」
 「わかりました。ただ、後から質問させていただくこともあるかもしれませんわ」
 「構わぬ。何なりと尋ねるが良い」そう言うとジュリアスは立ち上がった。「私からの話は以上だ」



 執務室から出たとき、同じく部屋にいて外へ出た炎の守護聖オスカーが二人の女王候補の肩を叩き、ロザリアには「大したものだな、ジュリアス様から目を逸らさないなんてな」と言い、アンジェリークには顔を覗き込んで「ジュリアス様はきちんとしていれば、そうそう怖い御方じゃないんだ。心配するな、お嬢ちゃん」と言った。
 「お、お、『お嬢ちゃん』?」
 顔を上げてアンジェリークが、心外だと言わんばかりに叫ぶ。だがオスカーは涼しい顔でアンジェリークの頭をぐりぐりと撫でると「ああ、まだまだお嬢ちゃんだぜ」と笑いつつ言いながら去っていった。
 「オスカー様ってば、ひっどーい!」
 乱された髪を手櫛で整えつつアンジェリークはロザリアを見た。ジュリアスの執務室に行く前からすでにロザリアは、昨晩のことを気にかけず、けろりとして自分に話しかけるアンジェリークの立ち直りの早さに内心驚いていた。
 そして今も、平然とロザリアに言う。
 「でも……正直、ジュリアス様っておっかないわよね、ロザリア」
 ロザリアはアンジェリークをちらりと見ると言った。
 「いいえ、全然」
 「え?」