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瀬戸内小話3

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恋文



  幾人もの人の手を渡り、それは元就の元へ届けられた。
 遠い異国の地で作られた、おそらくは値打ち物の飾り箱。日の本へと向かう商船から堺へ、堺からまた商人の手を渡り中国の商人へ。そうして毛利の家臣へと渡った。
「毛利の殿様へ届けてくれと頼まれまして」
 中身を問えば、商人らはそう応えたという。それで誰も手出しもできなかったというのだから、毛利の殿様の威光のほどが伺える。
 当の殿様といえば、家臣が持って来たそれを見て、誰も中身を確かめなかった事実に溜息を吐いた。
「これが怪しげなものであったら、いかがするのだ」
 最終的にその箱を預かった末の息子は、父と飾り箱を見比べて肩を竦めた。
「商人は約束を守ることが大事ですから、中身など見ません。我らも、蓋までは開け確認いたしましたよ。中身は書状のようです。そこから先、見ることは我らにはできませんよ、父上」
「呪いのたぐいであったらどうする?」
 小早川の家督を継いで中国の東を預かる息子を、信用しないはずもない。だが、これは大毛利の当主としてのけじめである。
 しかし、ぴんと背を伸ばし上座に座る父に、隆景は大らかに笑って見せた。
「その箱の送り主は、箱を開ければすぐに分かるのです。ですので、我らはそれ以上触れられませんし、父上にお持ちしても大丈夫なのです。ともかくご覧ください」
 一礼して下がる息子の背を見送って、元就は手前に置かれた箱を見る。
 異国から届けられる書状など、元就に覚えはない。
 一時心酔したザビーからのものかと考えたが、彼は確か教えを広めに出かけた海で亡くなったと聞いている。
 答えはすぐに見当たらず、仕方なく箱を手に取る。思ったよりも軽いそれの蓋を開けば、少し日焼けした紙が折りたたまれて入っていた。その上に、押し花がひとつ。
「――貴様であったか」
 黄色い小さな花を手に取ると、知らずに苦笑する。
 異国で咲いていたのか。それとも、日の本の国を出るとき持っていったのか。どちらにしても、大きな身体を縮めて花を摘む姿は、滑稽であろう。
 だが、悪くはない。
「まだ、無事生きておったか。元親……」
 口元に花を寄せると、もう何年も会わぬ、おそらくもう二度と会うことのない相手の笑い声が聞こえた気がした。
 ――それから数日後、また元就の元に書状が届いた。
「まったく、耳の早い相手よ」
 豊臣軍の早馬を使ってまで届けられた書には、異国と繋がる毛利を詰問するものが含まれていた。
 この日の本の国は、既に豊臣が天下を握る。その下で誠心誠意尽くす軍師は、些細なほころびすら許せないらしい。
「……馬と見舞いの品を用意せよ。京へ出向くぞ」
 決断すると、元就はあの飾り箱を手に立ち上がる。
 申し開きは早いほうが良く、当主自身が出向くほうが二心のないのがよく伝わる。豊臣の早馬が来たことを知る家臣らは、慌てて準備をはじめるのだった。


「唐突な訪問だね」
 病の床につく半兵衛が肩を竦める。
「申し開きなら、秀吉に行くのが道理だ。僕は君が嫌いだから、立場を悪くさせるだけだよ」
「なに。これはただの見舞いよ。死に行く者に心安く逝かせてやるためのな」
 床払いもしていない部屋には、半兵衛と元就しかいない。部下もおらず、幾度も戦場で遣り合った気安さもあって、口は悪くなる一方。
「まだ死なないよ。死ぬのは君のほうが早い」
「病人ならば、さっさと逝け。向こうで貴様を待っている者も多いぞ」
「それはお互い様…っ」
 言葉途中で咳き込む相手を見て、元就は懐から飾り箱を取り出す。
「それは……?」
 咳が止まった半兵衛が首を傾げると、元就は彼のほうへとそれを放った。
「これが貴様の懸念の品よ。好きに見るが良い。我には必要ないものだ」
 どうでもよいという態度に、やれやれと半兵衛は手繰り寄せる。蓋を開けば、折りたたまれて開かれた形跡のない文が入っている。
「読んでないのかい?」
 おかしい様子に半兵衛が首をかしげる。
「読む必要などない文よ。豊臣が欲しいというなら、くれてやる」
「この箱を届けてきた異国の商人は、これを大事にしていたって聞いたよ。堺の者に預けたときも、依頼主から与った大金を渡したと……」
「――それが、何だというのだ?」
 冷ややかな遮りの声。潔いと半兵衛は内心で息を吐く。だからこそ、毛利元就という男は怖い。たとえ豊臣がこの世の覇王となっても、元就がまったく天下を望まなくても、いつかこの男は秀吉の害になる。
 そんな半兵衛の心を知ってか知らずか、表情のない氷の面がまた懐に手を入れると、懐紙を取り出す。
「我には、これで十分故。文は好きにいたせ」
 半兵衛の前で広げてやる。と、挟まれていた黄色い小花を見て、あ、と半兵衛は小さな驚きの声を上げた。
「もし、あ奴が戻ってくると書いてあるのであれば、討伐の指示を出せ。従おう」
 その反応に少し緩んだ表情で軽く頷くと、元就はまた懐紙をたたみ懐にしまう。
「……君は、それでいいのかい?」
 氷の智将に大事に扱われるかたばみの花。たった花弁ひとつですべてを察した半兵衛は問わずにはいられなかった。
「いいのか、とは随分と大雑把な聞き方よ」
 日の本一の軍師とは思えぬ。元就はくすりと笑うと、頷いてみせる。
「鬼と会うのは、地獄と道理が決まっておる」
「そう……っ」
 またひとつ咳をした半兵衛に、元就は目を細めた。もう、無理はさせられない。
 手を叩くと、誰かと小姓を呼びつける。ばたばたと板の間を走る足音が近づいてくる中、両手をつき敬意をこめた一礼を取る。
「――貴様とも、今生会うのはこれで最後であろう」
「そうだね。君が来るのを地獄で待っているよ」
 少し笑って横になろうとする半兵衛の背を、元就は支えてやる。その彼の手ももう随分と細い。
 薬師と小姓が半兵衛に駆け寄るので、元就は席を譲る。そのまま立ち去ろうとしたのを、世話を焼かれる手を止めさせて半兵衛が呼び止める。
「――持って帰ってよ、その箱」
「良いのか?」
 振り返ると、半兵衛は苦笑して手を振った。
「他人の恋文を向こうに持って行くほど、野暮ではないよ。秀吉にも、そう伝えておく」
 小姓が元就に飾り箱を渡す。受け取ると、元就は肩を竦めて見せた。


作品名:瀬戸内小話3 作家名:架白ぐら