春雷
朝から続く雨は夕暮れ時を過ぎてもなお止まず。
薄墨を全面に塗りたくったかの様な空から糸の様に細い雨が降り続いている。
地面には水溜まりを震わす波紋が絶えることはなく。
楽を奏でる音にも似た雨粒の調べに耳を傾けながら、
ただ一人天を仰ぐ。
「止まないな」
背中に感じた気配には触れず、ただ空を見上げていた僕の隣りに腰を降ろした彼は、同じく空を見ながら呟いた。
「明日まで続くかもね」
呟きを返す僕も空を見上げてる。
視線は合わせず、ただ同じ方角を眺める僕らの間には、屋根瓦や庭石に当たる雨音だけがただ鳴り響く。
「この雨なら、桜も沢山水を吸うだろうな」
「蕾も膨らむだろうね」
僕らが座る縁側に面した庭に咲く梅の花が雨に濡れている。
水の匂いに満ちた空気に梅の香を纏わせて、全ての木々に優しく恵みの雨が降る。
「さっき、雷が鳴ったよ」
「春雷だな」
「きっと一気に桜が咲き出すね」
雨を吸い込み蕾をぱんぱんに膨らませた桜の目覚めを促す様に、上空には雷鳴が轟き渡る。
唸る様な音に続くは、天を疾る白刃の刃の煌めき。
東方と春を守護する青龍が、鐘を手に持ち太鼓を打ち鳴らしながらその雷を疾らせて、冬の眠りまだ覚めやらぬ桜に命じる。
春を告げよと高らかに。
天を渡り、遥か彼方の遠くまでも春の訪れを告げに行く雷光を見送って。
僕らは二人、並んで天を振り仰ぐ。
「もう春だね」
「そうだな。もうすぐそこだ」
温みを帯びて来た空気に肌寒さはすでに無く。
僕らはここで、月すら隠す雨雲に覆われた天をただ見上げる。
この雨が晴れたら。
桜の花が綻びだしたら。
僕らは二人、共に並んで座りながら、止まぬ雨音の調べにただ耳を傾けていた。
僕らの間にあるものは
心地よい沈黙と
触れ合う手の甲の互いの温もり。
そして、また春雷が春を告げて行く。
曇天を泳ぐ白い竜のようだと呟いた彼に、僕は体を傾けてその肩に頭を預けた。
「どうした?」
「…なんとなく」
「そうか」
僕らは共に空を眺めてる。
柔らかく静かに降り続く雨の音は、近付きつつある春の足音。
この雨が止んだら。
桜の花が目覚めたら。
もうすぐ春がやって来る。