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零の愛と、千の嫌悪

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珍しい事に、その日の臨也は素直だった。
こう記せば、彼の事を人よりも深く知る者は首を傾げるかもしれない。


"折原臨也は、いつだって自分の願望に素直だろう"と。

折原臨也という男を称するならば、好奇心が旺盛で立ち回りが異様に巧く、恐ろしい程に抜け目が無い――が、人間的にどうしようもなく捻くれている。そんな所だろうか。

臨也は愛に対し素直でまっすぐだ。
例えそれが周囲の者には膨大な迷惑で、かつ捻くれた行動にしか見えなくとも、彼にとってはまっすぐなのだから仕方がない。

けれど――

「ねぇ、キスがしたいんだけど。今、すぐに、ものすごく」

こんな事を口走る彼は、やはり、珍しかった。






***






その言葉を聞いた人間は、幸いな事に一人だけであった。
ちなみに幸いというのは、その一人以外の人間へ向けられた言葉だ。

折原臨也を知る者にとっては、背筋に鳥肌が立つような台詞を聞かなかった幸い。
折原臨也を知らぬ者にとっては、心が揺れた分だけ同じく――むしろそれに輪をかけて――傷付く未来から逃れられた幸い。世界は瞬間、一人以外に微笑んだのだ。大げさに言うならば。

世界の頬笑みを甘受出来なかった一人の人間――平和島静雄は、ぞわぞわとする首筋を撫でながら溜息と共に言葉を吐く。

「勝手にすればいいだろ。電柱だって、地面だって逃げやしねぇよ」

「シズちゃんは本当にバカだなぁ。無機物とキスして何が楽しいんだよ?あ、もしかしてシズちゃんってそういう趣味だっけ?うわっ、女にモテないからってついにそこまで…ああ、大丈夫だよ。その特殊な趣味、特別に黙っていてあげるから」

ニヤニヤと笑う顔は、完全に静雄を挑発している。
フィルターを噛みしめれば、ブチリを嫌な音がした。火を付けたばかりだったのに――役立たずになった煙草のなれの果てを唾液と共に吐き捨てながら、静雄はゆっくりと前を向いた。ピキリと血管が浮かび上がる音が、周囲に響く。

「いざやくんよぉ。最期の言葉はそれで十分か?」

「あはは、何言ってるのシズちゃん。これから脅迫して、一生付きまとってあげるから安心しなよ」

でもその寂しい趣向、早目に治した方がいいよ。と、憐れみに満ちた視線を向けられた瞬間――静雄の頭は、赤く染まった。

「死ねよ、ノミ蟲!!」

引き千切った標識を振り回し、凶悪に笑う。対する臨也も機敏に攻撃を避けながら、同じくらいの凶悪さに底が見えない気味の悪さを足した笑みで顔を彩る。

「ねぇ、シズちゃん。賭けようか」

「ああ?」

「これから30分、その間に俺を殺せたら君の勝ち。でも、もし殺せなかったら――キスさせてよ」

「はぁ?頭沸いてんのか手前。誰がそんな……

「あれ?自信がないわけ?あーそっか。本気でやっても俺一人殺せないなんて、池袋最強とか謳われてるシズちゃんに恥かかせちゃうもんね。ごめんごめん」

「―――っ、上等だ。ぜってぇ殺す!」

「――うん。じゃあ、始めようか」

臨也が嗤い、静雄も嗤う。
二人の交わした約束は、歪めた顔に似合わず随分と甘いのだけれども――

気付いているのは、一人だけ。









***






30分のタイムリミット

「――ねぇ、シズちゃん?」

「うっせぇ!大人しく死ね!!」

「あれ?シズちゃん約束破っちゃうの?へぇ。俺との約束破っちゃうんだー」

もう少しで首が折れそうな臨也だが、彼の呼吸は減らず口を含め極めて平常通りだ。生きている。ニヤニヤと己の時計を示す臨也の真意が汲み取れてしまうからこそ、静雄は手に込める力をさらに強めた。

「手前、約束守った事なんてないだろうが!」

「うん、だから俺達オソロイだね」

ピタリ。
静雄の加圧が止まる。

「―――っ…」

「どうする?」

嗤う臨也をあと一捻りで終わらせる事が出来るというのに――。

(…コイツと同じレベルになるのだけは嫌だ。でもキスすんのも同じくらい嫌だ。ありえねぇ)

「ねぇねぇシズちゃん」

「…んだよ」

「俺からキスしてあげよっか?」

「死ねよ、クソ臨也」

「えー。だってシズちゃん童貞だから、勿論キスもまだだよね?やり方しらないんじゃないかと思ったんだけどー」

臨也の挑発。
――挑発だと分かっているのに…

「決めつけてンじゃねぇよ!!!」

乗ってしまった静雄が臨也の胸倉をつかむ。
そしてそのまま、重力を無視して目前の身体を軽々と引き寄せた。

「―――おっと、」

臨也は瞬間驚いたような声を出し、その後はあっさりと瞳を閉じた。
きちんと、静雄を嘲笑うような微笑みを浮かべてから。

(…ちくしょう、ハメられた)

嬉々として入り込んでこようとする臨也の舌。
いっそ噛み千切ってやろうかと静雄が歯を立てれば、その行動を予想していたのだろう。あっさりと引いていく。

触れたのは、数秒。

「んー。やっぱシズちゃんなんかとキスしても楽しくないや。てか、ヤニ臭い」

わざとらしく唇を拭う男が嬉しそうに見えたのも、数秒の事。

「死ねよ。ほんっと、今死ね…!!」

「酷いなぁ。ファーストキスの相手はもっと大事にしてよね」

「…っ、誰…が!!」

「ちなみに俺のファーストキスも今だから」

「………………は?」

「シズちゃんとの、ファーストキスはね!あっはは!何、シズちゃんレベルで可哀想な男が身近にいるとでも思った?」

ひらり、とコートを翻しながら走り出した臨也の頬を何かが掠る。ポールか何かだろうが、変形し過ぎたそれをただの金属としか臨也の視覚は判断しなかった。
当たれば死ぬ何かが投げられた。そして自分は、それに当たらなかった。それだけで、十分だ。

「いーざーやぁぁ」

静雄が新たなポールを地面から引き抜く音を聞きながら、臨也はあえて振り返る。

「じゃあね、シズちゃん。ご馳走様!」

余裕ありげにお辞儀を一つ。
距離を置いた今でさえ、相対する顔に浮かぶ血管が一つ増えたのが見え、愉快で仕方がなくなった。








ねぇ、キスしようよ
(大嫌いな君が嫌がるなら、喜んで)

作品名:零の愛と、千の嫌悪 作家名:サキ