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カラフルハピネス

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        カラフルハピネス




カボチ村から北上していくと、滝がある。
大きな滝で、近くに寄るとあんまり水の落ちる勢いが強いから他の音が何も聞こえなくなる。滝と海の面した部分はしろい霧に覆われていてぼんやりと霞んでいる。よく見えない。滝の先も見えない。薄く闇がひろがっている。
その先には洞窟がある。
らしい。
らしいというのは、まだ入っていないからだ。

「ね、まだ行かないの」

船の舳先で身を乗り出していた少女が、薄いブロンドを翻して振り返った。

「行くよ」
「いつ?」
「僕の気が向いたら行くよ」
「スッラ」

呆れたように少女が自分の名前を呼ぶ。
スッラは薄く笑みを浮かべ、少女の足下に転がるようにして、甲板に寝転がった。蒼井空が見える。その端っこにブロンドがきらきらきらきらとやたらにひかりを放っている。

「あんた、まるで昔の坊やと変わってないじゃない」

少女の声が聞こえる。
少女の名前はビアンカという。

「変わったのは見た目だけじゃない。びっくりして損しちゃったわ」

ビアンカはスッラが喋らなくとも、延々と喋ることができるようだった。
スッラは太陽が眩しいので目を閉じた。ビアンカはまだ喋っている。耳にするすると入り込んでくるビアンカの声は高いくせにどことなく透き通っていて、いくら聞いていても不愉快になるということがない。いつまでだって聞いていられる。このまま眠ってもいいくらいだとスッラは思った。なにしろ空は雲ひとつなく、さっき昼食を食べたばかりなのだ。

「寝るの、スッラ」

ビアンカが聞く。
声が近いと思って目を開くと、さっきまで立っていた少女はしゃがみ込んでスッラの顔を覗き込んでいた。ブロンドの金と、大きな目の青がやたらに近い。スッラは思わず半身を起こして目を瞬かせる。
ビアンカがけらけらと笑い声をたてる。

「酷い顔ねえ!」

ふふ、と含むように笑って、ビアンカはまた立ち上がる。
立ったり座ったり忙しない。ビアンカはずっと動き回って、常に口を動かして、表情だってどれもまったくちがう。スッラはまた瞬きをして、胡座をかいた。ビアンカは看板を軽い足取りで歩き、日陰で眠っているボロンゴの隣にしゃがみ込んでいる。ボロンゴの尻尾を撫でて、それから眠る虎の腹をくすぐる。ボロンゴが唸り声をあげると、また笑って立ち上がる。
スッラは半ば呆然としてビアンカを見ていた。

「ビアンカ」
「あら、行くの」
「まだ行かない」
「のろまねえ」

ビアンカはほうと息を吐く。
風に細い髪が揺れている。きらきらきらきら。
細いブロンドはまるでひかりの線そのもののように見える。
カラフル。スッラは単語として彼女を感じた。カラフルだ。ビアンカはとても、カラフルだ。いろが体中から溢れて、それが止まることがない。彼女のいろはそのままスッラの中にまで入りこんでくる。モノクロの世界が急激にあざやかに塗り替えられていくのは、すこしだけ恐怖にも似た感触を背筋に寄越した。
スッラは滝を見た。
あの先には洞窟がある。
その洞窟には、水のリングがある。
水のリングを手に入れたら、水のリングを手に入れるためにこの船に乗っているあの金色の幼なじみは村に戻る。村に戻ればそこには彼女の老いた父が居る。彼女の体のなかにはおそらく紅い血が流れているので、彼女は老いた父を残して村を出ることはない。すると彼女は船から下りたら最後、もう二度と船に乗ることはない。
ああそれ以上に、とスッラは眉を寄せた。
リングを手に入れたら、スッラは妻を得る。
水色の髪を靡かせた、人形のように可憐な少女をスッラは伝説の武具と共に手に入れることになるだろう。少女はやさしく、たおやかで、うつくしい。
らしい。
らしいというのは、スッラにはそれがよく解らないからだ。

「スッラ」

ビアンカが名前を呼ぶ。
スッラはビアンカを見た。ビアンカは笑みを浮かべている。彼女はおそらくうつくしいという範囲に入る容貌を持っているが、それは決してフローラのそれと同様のものではない。むしろビアンカはときおり醜悪といっていいほど表情を崩すことがあった。ブロンドの長い髪はよく手入れされたとは言い難く、彼女の細い指は日々の暮らしで硬くひび割れていた。
それでも左右非対称の彼女の笑みはとてもうつくしい。
すくなくともスッラはそれをうつくしいと思った。

「スッラ、スッラ。ねえ、まだ行く気がないならちょっと話を聞きなさいよ、ねえ坊や」

ビアンカはすこし芝居がかった言い回しをした。
坊やと言われるのは嬉しくはないが、スッラは黙って頷いた。

「スッラ、あんた何を迷ってるの」

ビアンカはスッラの前に立ち、腕を伸ばして両手をほおに当てた。
ほおにぬるい感触が伝わる。スッラは瞬きをした。ビアンカが笑う。端正ではないがうつくしい笑みを満面に浸し、紅い唇を開く。
ねえ解ってるの、と言う。
スッラには解らない。

「あんたこれからしあわせになるのよ」

辛いことばかりで、
泣くのも我慢して、
生きているのが不思議なくらいの酷い人生だったわねえ。

「ねえ、でもそれが終わるわ。ぜんぶ、きっとこれからはよくなるわ。綺麗な奥さんを貰いなさい。パパスさんの遺志を継ぎなさい。かわいいこどもを作って、家族をたくさん増やせばいいわ。あんたきっと誰よりもしあわせになるわ」

迷う必要なんてどこにもないじゃない、とビアンカは笑った。

「しあわせになりなさい、スッラ」

誰よりも誰よりも。
彼女の言葉はまるで教会で聞く祈りのようだった。
スッラはほおにビアンカの熱を感じながら、頷くべきかどうかでしばし迷った。でもすぐにビアンカの顔が不機嫌になったので、一応頷いておいた。上機嫌でまた笑みを浮かべ、どこかへと去っていくブロンドの髪を眺めながら、スッラは首を傾げ、思う。
しあわせになる。
それはどういうことだろう。
スッラにはよく解らなかった。父が目の前で死んで、そのあと石のなかで奴隷として十年間暮らし、気付くともはやそんなものとは随分遠いところへ来てしまったように思う。
しあわせ。
口のなかで繰り返す。
そんなものが再び自分の上に降ってくることはあるんだろうか。
そしてそれ以上に、そのしあわせというものは、目の前で微笑むあの金色の少女を失ってもなお、感じ取れるようなものなんだろうか。
スッラにはよく解らなかった。
まったく解らなかった。

だからやはり、滝の洞窟に行くのは明日にしようと彼は決めた。






作品名:カラフルハピネス 作家名:そらそら