You can(not) awaken.
ふと気付くと、僕はなぜか壊れた椅子に座っていた。
辺りは暗くてあまりよく見えないが、会議室のような部屋みたいだ。でも、窓も出入り口も見当たらない。
ここは…どこなんだろう?
そのとき、鈍いうなりとともに突然スポットライトが点灯し、僕の姿が照らし出された。
僕のまわりを、幾つかの人影が取り囲んでいた。逆光になっていて顔はわからない。そのうちのひとつがこっちに歩み寄ってくる。紫がかった黒髪に、タイトスカートの女の人…
「ミサトさん…」
「久しぶりね、碇シンジくん」
「久しぶりって、こないだ会ったばかりじゃないですか。いったい、どうしたんですか?ここはどこなんですか?」
「いいえ、あの私は私じゃないわ。この世界もあそこじゃない。幸せな夢を捨てて現実を選んだのに、結局アスカを、他人を恐れたあなたが構築し逃げ込んだ別の世界よ。」
僕の前にもうひとつの影が歩み出る。顔に包帯を巻いた、金髪に真っ赤なプラグスーツの少女…
「式波…?無事…だったのか…?」
「いいえ、私は惣流・アスカ・ラングレーよ。」
「惣…流?」
「そ。アイツは、「式波・アスカ・ラングレー」は、あんたを脅かさない、都合のいい女。あんたの望んだ、イージーに幸せになれるあたしよ。」
ミサトさんがミサトさんじゃなくて、アスカがアスカじゃない?どういうことなんだ…?
「そして、あなたもあのあなたではないわ。」
僕の前にもうひとつの影が歩み出る。青い髪に白いブラウスの少女…綾波…
「私も同じ。」
「あなたは、結局あの赤い波打ち際の世界を受け入れられずに逃げ出してしまった。そんなあなたに呼応して生み出されたのがこの世界。」「あたしから、現実を背け、麻痺した頭でどうすればいいのかとか、どうしたらよかったのか
とかずっとうだうだ考え続けてたのよ。バッカみたい。このあたしがすぐ隣にいるのに。」「終焉を望んでいたはずなのに、まだ続きが見たかったのね。」
『こんなはずじゃなかった。こんなこと僕は望んでいない。』
日夜ありえた可能性を夢みては目覚め、現実にうちのめされて新しい夢を求めつづけたあなたの心は、ある一つの新しいかたちをとりだした。もう一度こんな風にやりなおしたいと願った。でもあなたは、もし時を遡れても今の自分にはできないことだと思った。それが痛いほどわかっているから、あなたは本当の自分を拒否し、みんなの、自分の望みを叶えられるあなたを構築した。それが今のあなた。
「他人と触れ合う痛みに傷ついても逃げずに立ち向かうことのできる自分」
「父親と向き合い分かりあおうとできる自分」
「そして綾波レイの出自を知っても彼女を愛し救うことのできる自分」
「それがあなたが構築した理想のあなたよ」「無力な子供が、強くてかっこいいヒーローに自分を投影するみたいにね」「まさしく無敵のシンジ様ってとこね。」
「ちょっと待ってよ!みんなが何を言っているのかよくわからないよ。本当の僕が生み出した理想の自分と理想の世界だって?どういうことなんだよ?だいい僕はアスカを助けられなかったし、父さんとの食事会も開かれなかった。もしここがみんなの言う通りの理想の世界だったら、全てがうまくいくんじゃないのか!?」
頭に霞がかかっているみたいではっきり考えられない。もっと何か、他に言いたいことがあるはずなのに…
「いいえ、あなたは、夢にも夢なりのリアリティが必要なことを知っていただけ。」
「だが、夢はいつか覚めるものだ。お前はもう赤ん坊ではない。眠っていてい
時間は限られている。」
「父さん…?」
「ほら、見てごらんなさいよ。あ・れ・が・偽りのわたしたちと、強くて素敵な完全無欠のシンジ様をつくりだした張本人よ」 口元を歪ませたアスカが指さした先、部屋の隅にうずくまっているもう一つの人影…あれは…
ミサトさんの首から下がった十字架の首飾りが揺れている。視界の端を矢がかすめるようにあの光景が頭をよぎりそして
「いけないよ。夢をみているという夢をみるとき、僕らは目覚めに近い。今はまだその時でもその場所でもない」部屋の何処かから現れた人影が手を伸ばして制する。普通の人間には有り得ない、真っ白な髪に赤い瞳の…カヲルくん…
どうして、僕はこの男の子の名前を知っているんだろう?
「今は全てを理解しなくてもいい。僕たちのことも忘れてかまわない。でも、いつかは思い出さなくてはいけないことだ」
「邯鄲の夢はいつか覚め、その中で得た幸せも喜びも無に還るわ。」
「でも夢から得られるものもある。互いの尾を噛み合う二匹の蛇の夢から生命の法則を見つけだした科学者のようにね。」
「あなたは本当に、あなたの思っているほど何もできない人間だったのかしら?」
「あなたがあっちの世界をただの幸せな夢で終わらせないことを願ってるわ。そして、本当のわたしたちを、自分を、救う方法を見つけだせることを…」
僕を取り巻く影たちがぼやけだす。
陽炎のように揺らめきながら、輪郭を失いながら、少しずつ近づいて、重なる…
ミサトさん、父さん、カヲルくん、綾波、アスカ…
「待って!」
見知った天井に伸ばす手がぼんやりと目に入る。
カーテンの隙間から日光が射す、いつもの僕の部屋。
さっきまでの記憶はつかもうとしてもつかめず、幻のように溶けて消えていく。
何か、忘れてはいけない大切なことを思い出した気がするのに…
失われた夢の記憶を求めて顔をおおう指に、温かい水の感触がした。
「涙…?どうして…」
しばらく目をつむってじっとしていた後、僕はあきらめてそのままのろのろとベッドから出た。窓に近づき、ふと外を眺める。
見渡す青い空と赤い海は嘘みたいに綺麗で。
なぜだか少し恐ろしくなった。
作品名:You can(not) awaken. 作家名:リセッター