special
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「なぁ、サンジ」
ラウンジの隅で薬の調合をしていたチョッパーは、それを終えて広げた道具と薬草を片付けた後、キッチンで忙しく動き回るサンジの傍へちょこちょこと寄って行って声を掛けた。
この船のコックは朝からずっとこのキッチンで忙しそうにしている。
いつもなら、昼食を終えておやつの仕込をした後のサンジは束の間の休憩時間を取る筈なのに。
今日はその時間になってもまだキッチンにいて、しかもキッチンと言わずダイニングテーブルと言わず、所狭しとボウルやら何かの調味料やらを並べている。
そして仄かな甘い香りも漂わせている。何か甘い物でも作っているのだろうか。
ダイニングテーブルの脇に立ち、ボウルを片手にしたサンジがテーブルの上を覗き込んだチョッパーを見下ろした。
「ん? どした、チョッパー」
「サンジは知ってるか? 人間の世界では12月24日になると、世界中の人にプレゼントを配る人のソリを、世界中のトナカイが引いて手伝うんだって」
「あー…、サンタクロースの事か?」
世界中の人にプレゼントを配るのは絵本の世界ではそうかも知れないが、世界中のトナカイがそれを手伝うのは、余りにもトナカイの数が多いんではないだろうか。
誰に聞いたか知らないが、そんなチョッパーの言葉に心の中で意義を唱えつつもサンジは答えた。
「さん…たく、ろーす?」
「クリスマスにサンタがプレゼント届けてくれるって話じゃねぇのか?」
「くり…? すます? 良く知らねーけど、毎年12月24日にはプレゼント配る人がいるんだって。その人が乗るソリをトナカイが引くんだって」
「ああ、そう言う話だな。それがどうかしたか?」
ヒトヒトの実を食べてDr.くれはと共に生活していたとは言え、きっと狭い世界しか見ていなかったチョッパー。
普通の人間世界をあまり知らないんだろうチョッパー。
もしかしたらトナカイのチョッパーを慮って、クリスマスの話もサンタクロースの話もくれははしなかったのかも知れない。
カシャカシャとボウルの中身を泡立てながら、サンジはチョッパーの声に問い返す。
「…俺、そんな話知らなかった。群れの皆は、そのソリを引いたのかな…? 俺だってトナカイなのに、何で呼ばれなかったのかな? …青鼻で…バケモノだからかな…」
自分はもう、トナカイでもないんだろうか。人間にもなれない、トナカイにも戻れない、バケモノで、中途半端な。
ダイニングテーブルに背伸びをして両手を乗せていたチョッパーは、顔だけを悲しげに俯かせた。
泡立てていたボウルの中身はふんわりときめ細かいクリームになった。
サンジはボウルを置くと、ポケットから煙草を取り出して唇に咥える。
「誰に聞いたか知らねぇが、世界中のトナカイが手伝うわけじゃねぇと思うぞ。そんなにいっぱいトナカイがいても、乗る奴は一人だし」
「でも、世界中の人にプレゼント配るんだぞ? 配る人もたくさんいて、ソリだってたくさんあって…」
「いや。サンタクロースってのはたった一人でプレゼント配るんだ。だからそのソリを引くトナカイは、きっと物凄ぇ足の速い特別な奴なんだろう。それに、何もソリだけで届けに行くわけじゃねぇんだ。雪がない場所には別のもの、海には波乗りしながらだって来るんだぜ」
「…そうなのか?」
「ああ、だからお前だけが選ばれなかったわけじゃねぇよ。心配すんな。それに12月24日はお前の誕生日なんだろ? せっかくの誕生日に働かせちゃ可哀相だって、サンタの奴も考えてくれたんじゃねぇか? しかもお前はトナカイの癖に海賊船に乗った海賊の船医だ。それだけで充分特別だ」
「……」
特別になりたかった訳じゃない。
ただ、普通のトナカイでいたかった。
でもヒトヒトの実を食べてバケモノになって、そしてドクターと出会って医者になりたいと思った。
ドクトリーヌに医術を教わって、だから今こうしてGM号に乗ってる。
暗く冷たい「特別」から、温かくて幸せな「特別」に。
サンジの言葉を聞いて、チョッパーは自分が「特別」である事が何だか嬉しくなった。
昔は、「特別」が嫌だったのに。
「…そっか。そっか。エッエッエ…」
「待ってろよ。特別な船医の為に、特別クソ美味ぇケーキ作ってやっから。今日のお前は人にプレゼント配る手伝いなんかするより、皆にプレゼント貰って喜んでろ」
「うん! ケーキ、楽しみだ!」
いい匂いだな、とチョッパーはまたダイニングテーブルを覗き込む。
サンジは煙草を捨てて、またケーキ作りに戻る。
忙しそうにケーキや他の宴会料理を作っていく、手際の良い不思議なサンジの手元をチョッパーは興味津々に覗き込む。
手伝える事はないし、手伝う事をさせてはくれないけれど、チョッパーは忙しそうに動き回るサンジをニコニコと見守った。
HAPPY BIRTHDAY チョッパー!!
end