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りんはるちゃんアラビアンパロ

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王様と私



いつものようにマコトの家が経営している店の手伝いをしていたハルカは、いつものような無表情ではなく不機嫌さを顔に出していた。
眼のまえには国王がいる。
あんなことをしておいて、よく、またここに来られたものだと思う。
だが、その気持ちを言わず、黙ったままでいる。
口をききたくなかった。
じっと相手に向けた硬く厳しい眼で、帰れ、と告げる。
「……あー」
さすがに気まずそうな様子で、リンは話し始めた。
「これ、やる」
そう言って、本を一冊、ハルカのほうへ差しだした。
紙の製法が東方から伝わると、学問好きの民族であるため、各地に次々に製紙工場が建設されて紙が普及し、書物の発行も盛んになり、この街にも書物の発行所や書店が軒をつらねている地区がある。
ハルカは差しだされた本を見た。
いらない、と受け取りを拒否したいところだが、表紙に記されたタイトルに心ひかれた。
リンは言う。
「なにをすれば喜んでもらえんのかわからねぇから、妹に聞いてみたら、自分だったらその本を贈ってもらったら嬉しいって言うんで、持ってきた」
ハルカは誘惑に負けて本を手に取った。
「妹は泳げねぇんだが、その本に載ってる絵を見るのがいいらしい」
よくわからないといった様子でリンが話すのを聞き流しながら、ハルカは本を開いた。
本を立てた形になり、表紙がまわりにも見えるようになった。
タイトルは、より早く泳げるための筋肉のつけ方、だ。
「ちょ、あれって……」
店にやってきていたナギサが少し離れたところからハルカとリンを見て、近くにいるマコトとレイに小声で言う。
「女の子へのプレゼントとしては、おかしくない?」
「それはそうですが、しかし、そもそも王の妹君の提案ですので妹君の感覚が……、なんといいますか、その……」
「まあまあ、ハルは興味があるようだし」
「ハルちゃんは水泳バカだからねー」
そんなやりとりをする三人は、ハルカが王宮のプールで国王に無理矢理キスされたことも、その報復としてハルカが国王の腹に会心の一撃を食らわせたことも、知らない。
三人の声は耳に届かず、ハルカは無表情でページをめくっていく。
そういえば眼のまえにいる王様は均整のとれたいい体つきをしている。
同じ水の中で泳いで、そして、逃げようとしたのに追いつかれたことを思い出した。
自分は水を感じていたいだけで、より早く泳げることなんてどうでもいい。
でも。
「……おまえはこの本を参考にしたのか?」
国王をおまえ呼びという不敬ではあるが、あんなことをしたのだからいいだろうと判断した。
「ああ」
リンはあっさり認める。ハルカの言葉遣いについて、まったく気にしていないようだ。
ハルカはふたたび本を読む。
勝負なんかどうでもいい。なにかに対して熱くなるのは好きじゃない。
だけど。
頭に自分に追いついてきたリンの泳ぎがよみがえってきた。
自分の泳ぎとは違う。違うのは、あたりまえのことで、どうでもいいことだ。
しかし、いい泳ぎだったと感じる。
この本に書いてあるとおりに走ったりして筋肉をきたえてみようかと思う。
「気に入ったみたいだな」
しばらくして、リンは言った。
「ところで」
さり気なくリンは話を変える。
「王妃業に興味はねぇか?」
「ない。一切ない」
即座にハルカは断言した。
それから、本をパタンと閉じた。
だが、本をリンに突き返さずに、持ったままでいる。
リンは一瞬わずかに上体をひいて鼻白んだ様子になったが、すぐに気を取り直したらしく、聞いてくる。
「王宮のプールに来ねぇか?」
「行かない」
素っ気なくハルカは答えた。
軽くリンをにらむ。
同じ手には乗らないと眼で言った。
「そっか」
リンは切れ長の眼を伏せた。
「残念だ。おまえと一緒に泳ぎたかったんだがな」
その顔に浮かんでいるのは、本当に残念そうな表情である。
おまえと一緒に泳ぎたかった。
そう言われて、また、一緒に泳いだときのことを思い出した。
オアシスの泉で、そして、王宮のプールで、一緒に泳いだ。
だれかと一緒に泳いでもいいが、特定のだれかと一緒に泳ぎたいとは思わない。
思わない、はず、なのに。
心が少し揺れた。
それは、きっと、自分とは違う泳ぎで、いい泳ぎだったからだ。
ハルカは自分の中でそう結論づけた。
だいたい、一緒に泳ぐだけならかまわないが、それ以外のことをしてくるつもりなのではないかと警戒しなければならない。
「まあ、いい」
気持ちを切りかえたらしいリンがさっぱりした調子で話す。
「俺と一緒じゃなくても、おまえが王宮のプールに入れるように、まわりに言っておく」
ハルカは無表情で黙ったままでいた。
しかし、内心、戸惑っていた。
リンが言ったことがどういうことなのか、よくわからなかった。
すると、リンは少し身を乗りだし、ハルカの眼をのぞきこむように見て、言う。
「おまえ、泳ぎてぇんだろ?」
リンはニッと笑う。
「俺も同じだから、わかる」
そう告げると、リンはすっと身をひいた。
「じゃあな」
無言のハルカに対して一方的に簡単な別れの挨拶をして、リンは去っていった。
ハルカは手に持った本の表紙をじっと見る。
いや、見ているフリをした。
自分の頭の中がごちゃごちゃになっているのを感じる。
おまえ、泳ぎてぇんだろ?
そう問う声が耳によみがえる。
ああ。
泳ぎたい。
泳いで、自分の頭を冷やしたい。
そうハルカは思った。