君と過ごす何気ない日常
帰路
腕を出してと言われたので、右腕を彼女の前に。
頭、固定するわよ、と言われたので声なく頷いた。
体調にこれと言って変化は無し。食欲は? 睡眠欲。何かしらの違和感。無いの。そう。それはいい事ね。そう言って機械的な問答を繰り返す彼女と僕。
カルテを見下ろす冷めた瞳を見つめ、それと分からぬよう吐息を洩らした。
午前中いっぱいかかった検査を終えその帰り道、寄った商店街で偶々目にしたそれに、僕は自然と足を止めた。
赤い瞳の白い、猫の陶器の置物。
僕の帰りを今か今かと待ち望んでいるのだろう彼に良く似てると思ってしまった。思ってしまえば一気に愛着がわき、少々お高めであるのにも拘らず気が付けばレジへと持って行っていた。
ああやってしまったな、と思ったのは陶器の置物が入った袋を手首に下げ店を出た時。 余計な買い物をしてしまった。後悔に襲われる。毎日毎日頑張って節約している意味が無くなってしまう。でも。
ガサリと入口を開き見下ろした、袋の中の置物。
うん、やっぱり似てる。
なんでだろう、可愛いと思ってしまう。
口を閉じた袋を改めて下げ直し、顔を上げ帰路を急ぐ。
きっと。
きっとね、玄関先に腰を下ろして、初めてお留守番を頼まれた子供の用に、寂しげに、心細げに、眉を下げて待っているんじゃないかって、そう思ったんだ。
まるで、この置物の猫の様な表情と姿勢で。
きっと。
きっとね。
そんな気がしたんだ。
2013/10/10
作品名:君と過ごす何気ない日常 作家名:とまる