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【サンプル】楽しく覚える! にとりの水泳教室

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 河童にだって川を流れたいときくらいある。
 梅雨明け早々に太陽が本気を出しているせいで、まるで幻想郷中が炭火で炙られているみたいだ。しばらくはこんな日がずっと続くなんて、考えるだけで嫌になる。
 暑い。とにかく暑い。猛烈に暑い。
 何もこんな日にわざわざ一生懸命泳ぐことはないと私、河城にとりは思う。
 そんなことしなくたって、ただ川の流れに身を任せて水面をゆらゆらと浮いているだけで全身がひんやりとして気持ちいい。川のせせらぎや野鳥のさえずりに耳を澄ませば心もクールダウンだ。
「あー……いいわー……」
 ずっとこのまま、永遠にこうしていたいと思うくらい、幻想郷は暑く、川は冷たかった。
 私だけじゃなくて、他のみんなもこうすればいいのに。なんでやらないんだろ? こんなに気持ちいいのにね。
 などと思っていたら、上流から私と同じように川に浮かんで流れてくる人影を見つけた。
「おー、やっぱ同じこと考えるやついるじゃ……ん?」
 ただしその人影はうつぶせだった。当然、顔全体が水に浸かっている。
「いやいやいや、まずいだろ!」
 私は泳いでその人影まで急行し、そいつを川辺に引っ張り上げた。
「おーい、しっかりしろ!」
 そいつを陸で仰向けに寝かせて、大声で呼びかける。しかし何も反応が無い。そいつの自慢のシッポも水を吸ってぺしゃんこになってしまっている。
「おい、椛! 目を開けろ!」
 今度は名前を呼びながら頬をぺちぺちと叩いてやる。
「……ゴホッ、ゲホッ!」
 そこで椛はようやく咳き込みながら目を覚ました。
 良かった。なんとか助かったみたいだ。でもかなり多く水を飲んでしまったようだな。
 私は水を吐き出しやすいように椛の体を横向きにして背中をさすってやった。
「ゲッホゲッホ、ウエッ、はあ、ゲホッ、はあ、はあ……」
 まだ呼吸は荒いけど、だいぶ水を吐き出して落ち着いてきた。
「危なかったな、椛。私がいなけりゃあの世に逝っちまってたよ」
「はあ、はあ……三途の川のほとりで昼寝してる死神を見ましたよ、ゲホッ」
「この暑さじゃ死神だって仕事をサボりたくもなるってか」
 暑くなくてもサボりそうだけど。
「まあ、とにかく川で水遊びをするときは気をつけなよ。溺れてもまた私が助けてくれるとは限らないんだからな」
「いえ、水遊びをしていたわけではないんです」
「あー? じゃあ何をしてたんだ?」
「えっと……泳ぎの練習を」
 不意に椛は体を起こしてこちらに顔を向けた。
「にとりさん、泳ぎは得意ですよね?」
「ん、まあ、そこそこね」
 そりゃ人間や他の妖怪よりは泳げるけど、河童の中じゃ良くも悪くもない程度だ。
「それがどうしたってんだ?」
 なんでまた急にそんなことを聞いてきたのかと首をかしげていると、椛はその場で正座をして私を真正面に捉えた。
「な、なんだよ、改まって」
「にとりさん……私に泳ぎを教えてください!」
 お願いします、と頭を下げる椛。
「私は一刻も早く泳ぎが出来るようにならなければならないのです!」
 急に上流から椛が流れてきたと思ったら、急に目の前で土下座をされて……なんだこりゃ、わけがわからん。
「とりあえず頭を上げて、足も崩しなよ」
 座布団の上ならともかく、ここは砂利だらけの川辺だ。こんなところでずっと正座をさせるのはちょっとね。椛も痛いだろうし、誰かに見られたら外聞が悪い。
「いえ、泳ぎをお教えくださると仰ってくれるまではこのままでいます」
 頑固だなぁ。まあいい、本人がそうしたいと言うならそうさせておこう。
「しかしなんでそこまでして泳ぎを教えてほしいんだ? まずはそれを教えてくれよ」
「……実は、守矢神社の巫女が今月の末に山の上の湖で水泳大会を開くなどと言い始めまして」
「また守矢か」
 ホントあそこの巫女は何かとお騒がせだなぁ。きっと水泳大会だってただの思いつきだろう。暑すぎて頭が茹で上がってたに違いない。
「それで天狗からも何人か出場することになったんですが、何故か私もメンバーに選ばれまして」
「ほう、そいつぁ光栄じゃないか。おめでとさん」
「全然めでたくなんかありませんよ! さっきの見ましたよね? 全然泳げないんですよ、私!」
 涙目で私に訴える椛。こいつとはときどき将棋をする仲だが、こんな顔は初めて見た。
 相当嫌なんだろうなぁ……まあ、さっきの有様を見ればそれも当然だな。
「断ることは出来ないのか?」
「上司からの命令なので断れないんですよ……」
 椛の犬耳がしゅんとうつむく。
 山の縦社会……その厳しさは河童である私もわかっている。上が白と言ったら黒でも白になる、そういう世界だ。まったく、面倒なもんだよ。
「んで、私に泳ぎを教えてほしいってことか」
「はい、その通りです。どうかお願いします!」
 椛は再び私に向かって頭を深々と下げた。
 なるほどねえ、そういう事情があったわけか。椛もさぞ辛かろうし、事情を知ってしまった上に土下座までされたのにこの話を受けずに帰らせてしまったら私はとんでもない薄情者だな。
 よし、それなら――私は椛の肩に優しく手を置いて告げる。
「だが断る」
「そんなぁ! お願いしますよぉ!」
 椛が私の腕にすがりついてきた。ええい、うっとうしいな。
 事情も椛が辛いのもわかったが、だからといってなんで私が泳ぎを教えなきゃいけないんだ。私に何のメリットも無いじゃないか。そんなことをしている暇があるなら新しい道具でも作るよ、私は。
「泳ぎを教えてくれたらきゅうり十キロ、いえ二十キロ差し上げますから!」
「なにボサッとしてんだ! さっさと水着に着替えて特訓だ!」
「変わり身早っ!」
 只で教えてもらおうなんて虫が良すぎるが、報酬があるなら話は別だ。
 きゅうり二十キロ……それだけあれば今年の夏はきゅうり食べ放題じゃないか! 受けない手はないね。
「あの、でも私、水着なんて持ってないんですが」
 そういやこいつ、泳ぎの練習をしてたって言ってたのに服装がいつものままだな。服も脱がずに泳いでたのか?
「ならとりあえず私の水着を貸してやるよ」
 私はリュックの中から河童特製の伸縮自在水着を取り出して椛に手渡した。
「ほら、こいつに着替えな」
「ええっ、ここでですか!?」
「安心しな、私の光学迷彩マントも貸してやる」
 リュックの中から今度は光学迷彩マントを取り出して。
「これを首に巻き付ければ……ほら、これで体が隠れた」
 上半身が光学迷彩マントですっぽり覆われているせいで生首が浮いているみたいだが、着替えるには何も問題ない。見た目はホラーだけど。
「その中で水着に着替えな」
「あ、あの……」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「私、水着を着たことすらないんですが……」
「マジかよ……」
 思わず私は頭を抱えてしまった。
 まさかそこから教えなきゃならないなんて……やっぱり教えるのやめようかな。
 いや、乗りかかった船だ。これを乗り越えればきゅうり二十キロが待ってる。頑張れ、私!
「えーっと、じゃあこの水着の説明をするから服を脱ぎながら聞いてくれ」