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Flow

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絶え間なく継続してゆく音を、目を開いて確かめる。流水。流れてゆくということはそれが決して留まることがないということだ。流れ続けるその音を聞いているだけなら不変な時の中にいるような気もするのに、そんなのはただの思い違いの錯覚だった。川の流れが見えるなら聞こえるならそれは即ち僕もまた留まってはいないということだ。
「ねえ貴方は」
 僕の視線は自然と彼の腰の刀に行く。暗い色をした隊服に、同系色の鞘は沈まない。
「それで、斬るのですよね」
 日常の動作で鍔に手を添えた彼は、そりゃあそうでさ、と答えた。
「そーゆーのがおまわりさんの仕事だからねィ」
 詮索がない。干渉も感傷もない。僕にとってそれは都合が良くて、気持ちが楽になる態度だった。沖田さんがどうしてここにいるのかはわからないが、僕は考えたいことがあってここに来た。

 川の流れる音の中に未だ鮮明な記憶がある。夜闇と水の冷たさと握った剣の重量と人体を切断する感触と対峙した相手の異常な笑みと倒れた彼と彼の血の色と言葉と死にそうな笑顔とそれと。
 激情。
 頭が真っ白になって思考ができなくなった僕を突き動かしたそれの名前がわからない。
 誰かに対してあれだけのありったけの敵意を向けることなんて考えたこともなかった。あれは悪意であれは害意であれは暴力衝動でしかし結局名前がわからない。答えを見つけたくないのはすでに答えを理解しているからかもしれないという可能性には気付いている。あの時僕はあいつを傷つけずにはいなれなかった。あいつに斬りかからずにいられなかった。だってそうでもしなきゃ僕は。
 そうでもしなきゃ僕は、彼を。
 銀さんを。

「俺だったら川の側で考え事なんかしたくないけどねィ」
 なんか全部流されてっちゃう気がしませんかィ?
 沖田さんの口から出た言葉は僕の思考をぶった切って端から順に水音に溶けていく。それを少しだけ羨ましいと思ったけれど。
「ああもしかしてあんたは流しちまいたいってクチか」
 新たに投げかけられた言葉が一際強い残像を残して通り過ぎていく。
 流してしまいたい? 違う、そんなことはない。そもそもこれはそんなに簡単に流れてくれるような易しいものじゃない。流してはいけない。そんなふうに逃げたくないから僕はここで考えようとしているのだ。
 無意識に睨み付けていたらしい。僕の視線を受け止めた沖田さんは不快だか軽蔑だかわからないけどそんなふうに口元を歪めた。
「貴方にとって殺意ってどんなモノですか?」
 脈絡無い問いかけに彼は驚きも不可解も呆れも示さず視線を宙に投げた。
「……仕事仲間?」
 あまりにのん気な解答に僕は思わず笑ってしまった。
「あー、いや、仲間ってのは違うかもしれねェや。俺が一方的にお世話になってらァ」
 いつもの表情で、つまりは余り感情を宿さない表情で、沖田さんは続ける。
「向けられる殺意で俺は危険を察知するしそれを斬りつけりゃあ大抵のシゴトは片がついちまうし、な」
 ああ、この人は慣れきっているのだ、と思った。そしてそれがこの人の強さなのかもしれない、とも。
「殺意を向けられるのは怖いことですか?」
「経験が、ない?」
「普通はなかなかありませんよ」
 殺そうとする意思ただそれだけを殺意というなら、あの時こっちを向いた盲目の顔の楽しげな表情も殺意と呼ぶべきなのだろうけど。思い出してぞっとする自分を少し情けなく思う。でも、逃げ出さなかったあの時の自分のことは、褒めてやりたいと思う。
「強くなりたいなあ」
 こんなことでこんなふうに思考停止をしなくて済むくらいに。
 躊躇わずに迷わずに怖れずに守りたいものを守れるように。
 何よりも、僕自身が納得できる形であの人の隣にいられるようになるために。
「ねぇ沖田さん、僕は強くなりたいです」
「うん、俺も」
「貴方は充分強いじゃないですか」
 さっぱりした返答をそのまま流してはいけない気がしたのだけど、頭を掻いて舌打ちをされた。どこかで見た仕草だと思った。ここで初めてうざったそうな表情になった沖田さんは、言う。
「こんな話、旦那とすりゃいいじゃねェかィ」
「……」
 そりゃあそうだ。銀さんに話せば、こうして中途半端に沖田さんに話すよりはすっきりするだろうし、彼の言葉はきっと僕を安心させる。わかっていても話さないことに深い意味はない。ただの虚勢だ。今は、気弱なことを言いたくない。甘えたくない。大丈夫だということにしておきたい。虚栄みたいなものだけど。でも今は、銀さんには自分の怪我を心配してほしいし。
 黙った僕を、沖田さんは「ん?」とでもいいそうな顔で見る。そして、ふうんと息を吐いた。
「強くなりたい、なんてのはあんまり良くねェかもなァ」
「どうして」
「抽象的すぎらァ。そういうのはもっと丁寧に行かねーと」
 強さって、たくさんあるから。
「俺は旦那を同種と言ったし類似を見つけることもあるけど、だからって同じじゃないし………それに」
「それに?」
「例えばあんたが俺のようになったら、あいつは悲しむ」
 「あいつ」が誰かなんて具体的に言われなくても、僕は自動的に、青空に傘を差す彼女の姿を思い出す。
「…………うん」
 わかる、ような気がした。
「じゃあ沖田さんは、どんなふうに強くなりたいんですか?」
「あのチャイナ娘を思いきり打ち負かしたい」
「そりゃあまた壮大な目標ですね」
「で、あんたは?」
 川面を見て、空を見て、周りの町を見て、ちょっと考えて、僕は沖田さんを見て少し笑って。
「せめて並んで戦えるよう、あわよくば護ることができるように」
 なんてことは言わなかった。


作品名:Flow 作家名:綵花